廃棄前承認部
工場の設備を捨てる前には、廃棄前承認部の印が要る。申請書を機械の操作盤へ貼り、製品を入れずに一度だけ動かす。停止後、排出口から出たものを真鍮の箱へ入れておくと、翌朝、蓋に承認印が浮かぶ。部の所在地は安全管理室も知らない。
精密部品工場で保全を担当する蟹江は、二十七号プレス機の廃棄申請を任された。入社以来、毎日修理してきた機械だ。古く、遅く、部品もない。数字だけ見れば捨てるしかなかった。
二十七号機を扱っていた職長の郷田は、先月定年になった。送別会で蟹江は「次は自分が守ります」と言った。郷田は笑い、「機械より自分を守れ」と、油で黒い手袋を置いていった。
新ライン導入後、蟹江の仕事は減った。上司は二十七号機の解体が終われば、保全部門も外注へ移すと言った。機械を残しても職は守れない。捨てれば、自分で最後の仕事を消すことになる。
夜勤後、申請書を操作盤へ貼った。材料を入れず、起動ボタンを押す。二十七号機はいつもの重い音で下降し、何も挟まない金型を一度打った。
排出口から、小さな金属片が落ちた。薄い円盤で、中央に指紋が刻まれている。郷田が起動ボタンを押すときの右親指と同じ傷があった。
規則どおり真鍮の箱へ入れ、帰宅した。
翌朝、箱の蓋には〈承認〉ではなく〈引継〉の印が浮かんでいた。規程集にない印だったが、工場長は当然のように言った。
「引継なら、次の担当が一回動かすまで解体できない」
次の担当者欄には蟹江の名があった。彼はもう一度、空の機械を動かした。排出口から今度は、彼自身の左親指の指紋が刻まれた円盤が出た。
翌日も〈引継〉だった。担当者欄は空白。誰かが一度動かさない限り廃棄できないが、空白の者を呼ぶことはできない。
会社は解体日を延期し、蟹江の契約を一か月延ばした。月末が来るたび、二十七号機は空打ちされ、指紋の円盤を一枚吐いた。円盤は真鍮箱に積もり、退職した人、異動した人、まだ入社していない人の指紋まで混じった。
半年後、蟹江は最後の夜勤で箱を開けた。いちばん上に、指紋のない円盤があった。中央には小さな椅子の形だけが刻まれている。
翌朝、二十七号機の前に新品の作業椅子が一脚置かれていた。座面には油の黒い手袋が二つ、両手を組むように重なっていた。