影だけが夫を守る

婚姻の夜、妻の影は夫を一度だけ死から守る。

盾になった影は消え、その妻は以後、日の下で誰の目にも映らなくなる。

リュサは市庁舎の屋上で、ブレヒトの襟へ婚姻章を留めた。眼下の広場には、彼の演説を待つ人々が集まっている。

二人は今朝、契約書へ署名したばかりだ。

ブレヒトは貴族の穀物庫を開く法案を提出した書記官で、三度命を狙われていた。今日の採決で法案が通れば、冬を越せない下町へ麦が配られる。暗殺者が必ず来ると分かっていても、彼は演壇へ立つと言った。

「影守りのために結婚するなんて、認めない」

昨夜まで彼は拒んでいた。リュサは印刷工で、彼の演説文を刷ってきた。紙面の誤字を巡って喧嘩し、夜明けの工房で一つの椅子を分けた。恋人になったことはない。

恋人になれば、失うものが増えるから。

日の下で見えなくなった者は、戸籍にも肖像にも残らない。人は声を聞き、触れることはできるが、顔を覚えられない。働き口も住まいも、毎日初対面として頼まなければならない。鏡には映っても、他人の目には残らない。見習いたちも、朝ごと彼女を侵入者として追い出すだろう。

リュサの工房には、見習いが六人いる。彼女が消えれば組合は店を取り上げる。父から継いだ活字も、母が縫った前掛けも、他人のものになる。

「法案が通れば、工房を守る制度も作る」とブレヒトは言った。

「その頃、あなたは私を覚えていない」

「声で分かる」

「声は年を取るわ」

彼は返事をしなかった。

広場で鐘が鳴る。屋根の向こう、弓の弦が一瞬光った。リュサには見えたが、護衛は群衆を向いている。

逃げる時間はあった。婚姻章を外せば、影はただ足元に残る。

リュサはブレヒトの背を演壇へ押した。

「麦の数を間違えないで。三万二千袋です」

「君が直した数字だ。忘れない」

矢が放たれた。

黒い影が彼女の足元から立ち上がり、鳥のように翼を広げる。矢を飲み込み、朝日に溶けた。

ブレヒトが振り返る。

リュサはすぐ目の前にいたのに、彼の視線は迷子のように彼女を通り過ぎた。