彼女が二人いる美術室
放課後、祝部蜜季は美術室の前で、恋人の彦坂碧人と後輩の会話を聞いた。
「先輩、彼女二人とも今日使います?」
「ああ。片方は窓際、もう片方は机の上」
「服、脱がせますか」
「当然。線が見えないから」
蜜季は扉を開けた。
「碧人」
筆を持つ碧人が凍った。
「どうしてここに」
「彼女が二人いると聞いて」
「誰がそんなことを」
「あなた」
後輩が小声で「逃げます」と言い、廊下へ消えた。
「誤解だ」
「窓際と机の上に置くの?」
「光の当たり方が違う」
「服を脱がせて線を見る?」
「描くためだ」
「絵にして残すほど好きなのね」
「好きというか、形がいい」
「二人とも?」
「一人は細身。もう一人は丸みがある」
「好みが広い!」
「同じ姿勢を長く保てるのも助かる」
「私には五分も待てないくせに」
「君はすぐ動く」
「生きてるからよ!」
蜜季は机を叩いた。
「いつから?」
「先週、顧問が連れてきた」
「先生公認?」
「ああ。高かったらしい」
「学校予算で?」
「教材だから」
「恋人を教材扱い!」
碧人は頭を抱えた。
「だから人じゃない」
「都合が悪くなると人権まで奪うの?」
そのとき、窓際のカーテンが風でめくれた。裸の女性が立っている。蜜季は息を呑み、次の瞬間、その頭が床へ落ちた。
「きゃあ!」
碧人が拾い上げ、首の金具にはめる。
女性は石膏像だった。机の上には、丸みのある木製の人体模型が寝ている。顧問がデッサン用に購入した新教材で、部員たちは「彼女一号」「彼女二号」と呼んでいた。
「最初に模型って言えばいいでしょう」
「言おうとしたら君が人権の話を」
「それでも『服を脱がせる』は変」
「布をかぶせてあったんだ」
蜜季は石膏像を睨んだ。
「この人、私より鼻が高い」
「人じゃないって」
「碧人。次の作品のモデル、私がやる」
「動かない?」
「浮気防止のためなら」
五分後、蜜季は言った。
「足しびれた。彼女一号に戻して」
碧人の二股は、記録上十二分で終わった。
ただし石膏像の鼻への対抗心は、卒業まで続いた。