戸口のサムネイル
鳴海志弦は、動画のサムネイルを作る仕事で独立した。内容より一枚の絵が勝つ世界だ。赤い丸、太い文字、人の顔。怖い動画なら、暗闇に扉が一つあれば十分だった。
依頼されたのは、山火事で閉鎖された監視塔からの生配信だった。古い伝承では、塔の窓に「焼け残りの戸」が映る夜、山の死者が家を探すという。担当者のメッセージには画像と注意が添えられていた。
《サムネイルに閉じた戸口が写ったら、別の画像へ差し替えてはいけない》
最初のサムネイルには、監視塔の背後に黒い木戸が写っていた。画像解析はそこを《屋内への入口》と判定し、クリック率予測だけ異常に高い数値を出した。現場写真には存在しない。志弦は不気味で良いと思ったが、依頼主から「暗すぎてクリック率が低い」と連絡が来た。
配信開始一時間後、志弦は明るい顔写真へ一度だけ差し替えた。
保存した瞬間、新しい画像の背後にも木戸が現れた。今度は半分開いていた。
視聴者コメントが増えた。
《サムネ変わった?》
《戸の中に部屋ある》
《これ配信者の後ろじゃない》
画像の変更履歴には、志弦が差し替える三分前から新しいサムネイルが登録されていた。志弦が管理画面を更新するたび、木戸は少しずつ開いた。その向こうに見えるのは監視塔ではなく、志弦の自宅の浴室だった。洗面台、青いタオル、閉め忘れたシャンプーの蓋まで同じだった。
配信を非公開にしても、サムネイルだけ検索結果に残った。最後には戸が全開になり、濡れた足跡が浴室から廊下へ続いていた。
志弦は事務所に泊まり、朝を待った。
午前八時、宅配アプリから配達完了通知が来た。注文した覚えはない。
【お届け先:サムネイル内】
【置き配場所:浴室】
【配達写真を見る】
写真には、自宅の浴室へ立つ配達員が写っていた。顔は影で見えない。手に持つ段ボールには、志弦の名前と《焼け残り一名》の文字。
玄関カメラの通知が続いた。
【荷物が内側から持ち出されました】
画面の端で、木戸が事務所の背後に開き始めた。