手袋の向こうの返事
死者に質問できる店では、答えを一つ聞く代わりに、その人と過ごした最後の一日を差し出す。
オデットは兄フィンの片方だけの手袋を持って店へ入った。
兄が雪山で亡くなってから三年、最後の喧嘩だけが何度も夢に出た。遠征をやめて、と泣くオデットに、フィンは「おまえには関係ない」と言った。彼女も「帰ってこなくていい」と叫んだ。
遺品として戻ったのは、凍った方位磁針と空の荷袋だけだった。仲間は、吹雪の中で兄が何を言ったか覚えていない。オデットは葬儀の席で泣けず、三年間ずっと、あの一言が最後の返事だったと思ってきた。
手袋の片方だけは家に残っていた。出発の朝に見つからず、渡せなかったのだと彼女は信じていた。
本当に訊きたいのは一つだった。
――私を嫌いなまま死んだの?
その答えさえ聞けば、仕事を変え、兄の部屋を片づけ、春には遠い町へ移れる気がした。問いを紙へ十回書き、間違えないよう袖口へ縫いつけてきた。店の前では三度引き返した。最後の日を失えば、兄と別れた瞬間まで失う。それでも、憎まれたという思い込みだけを抱えて生きるよりましだと思った。
店主が黒い鏡へ火を灯す。霜の向こうに、兄の輪郭が浮かんだ。
「質問をどうぞ。答えが返った瞬間、最後の日は消えます」
フィンは生前と同じように、寒そうに肩をすくめていた。
オデットは口を開いた。用意してきた問いが喉まで上がる。けれど鏡の中の兄の手に、自分が編んだ手袋が見えた。
最後の喧嘩の日、彼女は怒ったまま、それを荷物へ押し込んだ。片方は見つからず、手元に残っている。
「手袋、間に合った?」
兄は少し笑った。
「暖かかったよ」
その声と同時に、最後の一日がほどけた。
何を言い争ったのか消えた。兄の荷袋へ手袋を押し込んだことも、玄関で背中を見送ったことも。鏡はただの黒い板に戻った。
オデットの掌には、片方だけの毛糸の手袋がある。
なぜ自分がこれを編んだのか、誰のためだったのか、思い出せない。
それでも彼女は手袋へ指を入れた。
少し大きくて、驚くほど暖かかった。