拍手のない画家

千種廉太は、拍手を予測して絵を描いた。

公共壁画の採用は、鑑賞者の滞在時間、表情、購買意欲をAIが事前採点して決める。青空は好感度が高く、老人の皺は低い。悲しい色は通勤効率を落とす。廉太は指示どおりに雲を丸くし、子どもの歯を白く塗った。

作品が採用されるたび信用点が上がり、都心のアトリエは広くなった。だが自分の絵の前で、誰かが立ち止まることはなかった。最適な壁画は、視線を邪魔せず購買へ誘導する背景だからだ。

ある日、低信用区を覆う防音壁の装飾を依頼された。テーマは《再出発》。AIは、明るい階段を上る無名の家族を提案した。

現地へ行くと、防音壁の向こうで立ち退きが進んでいた。住民たちは高架下へ移され、商店の看板は剥がされていた。廉太はそこで、幼い頃に通った理髪店を見つけた。店主は彼を覚えていた。

「出世したな。今度は、俺たちを見えなくする絵か」

廉太は提案図を消した。

代わりに、立ち退く人々の顔を描いた。曲がった背中、欠けた歯、怒った目、荷物を抱く手。AIは《陰鬱》《非生産的》《低信用者の美化》と警告した。完成前に契約は解除され、廉太の点は四百落ちた。

翌朝、壁画は灰色に塗り潰される予定だった。

廉太が最後の線を引いていると、店主が古い刷毛を持ってきた。続いて住民たちが、余った塗料を手に集まった。誰も拍手しなかった。ただ自分の顔の隣に、好きな花や、なくなった店の名前や、ここで生まれた子の身長を書き足した。

消去作業員が来たとき、壁は一人の作品ではなくなっていた。所有者を特定できず、処理は保留になった。

廉太は都心のアトリエを失った。今は高架下で、子どもたちに絵を教えている。評価端末も入場ゲートもない。

雨の日、あの壁の前で傘を差した人々が足を止める。笑わず、買い物もせず、長いあいだ見る。

廉太は、その沈黙を拍手より正確な採点だと思っている。

子どもたちの絵はいつも計測不能で、それが廉太には何よりうれしかった。