持参金は花婿の財布ではない
婚礼前夜の晩餐で、ドミティラ・マルクは宝石泥棒として断罪された。
婚約者ヘクタリス・タルヴァが、空になった持参金箱を開く。
「婚家へ納める宝石を売り、逃亡資金にした。婚約を破棄し、弁償を命じる!」
ドミティラは空箱をのぞき込み、ため息を一つついた。泣く代わりに、婚姻財産契約を卓上へ広げる。
「第二条。持参金は婚姻成立まで花嫁の特有財産。花婿側は、本人の同意なく移動も換金もできない」
条項へ指輪を当てると、箱から最後に宝石を持ち出した者の署名が浮かんだ。ヘクタリス・タルヴァ。しかも用途欄には〈私債返済〉とある。
証拠は契約書の移動記録だけ。だが彼が弁償を求めた宝石は、最初から彼の財産ではなかった。
宝石は母方の女性たちが代々守ってきたものだった。売れば女子学校を一校建てられる。その使い道を決めるのも、結婚するかどうかを決めるのも、契約上はドミティラ自身だ。ヘクタリスは愛の証として箱を預けろと言い、受け取った翌日に私債へ換えた。空箱を見た時、彼女の中で婚姻への未練も同じように空になった。奪われたのは石だけではない。選ぶ権利を当然のように自分のものとされたことが、何より許せなかった。
「夫になる私が使って何が悪い!」
「まだ夫ではありません。そして、もう二度となりません」
ヘクタリスは慌てて箱を閉じる。
「待て。借金は返した。婚約を続ければ、宝石も家名も守ってやる」
「守ると言いながら、先に売ったのですね」
財務公クインタス・ケインが、招待客の中から一人だけ立った。彼は彼女へ金を返すとは言わず、契約書をまっすぐ見た。
「特有財産の侵害は王国商法に触れる。契約は有効だ」
そして空箱ではなく、ドミティラへ手を差し出す。
「財務院で女性財産権の法案を任せたい。あなたなら、箱の中身ではなく鍵の所在を変えられる」
「公爵家へ嫁げ、というお誘いですか?」
「まずは法を作る仲間として。縁の名は、あなたが望む時に決めればいい」
ドミティラは婚約指輪を空箱へ落とした。乾いた音を背に、元婚約者へ背を向け、財務公の差し出した手を取った。