排水管の白い輪

百田滉が秀範の部屋へ来たのは、郵便物を受け取るためだった。

秀範は、母が一度だけ再婚した相手だ。結婚生活は四年で終わったが、滉が荒れていた中学時代、夜中に迎えに来たのはいつも秀範だった。離婚後も連絡は続き、母が再婚相手の話を嫌がるたび、滉の方から遠ざかった。

洗面所の床に水が溜まっていた。

「また詰まらせたのか」

「流れが悪いだけ」

「それを詰まったって言う」

滉は上着を脱ぎ、洗面台の下へ潜った。秀範は古新聞を床へ敷き、滉の頭が棚板へ当たらないよう手を添えた。中学生のころ、バイクの下へ潜った滉へ工具を渡したときも、同じ位置にその手があった。秀範がバケツを押さえる。排水管を外すと、黒い汚れと白い輪ゴムが落ちた。

「何で輪ゴム」

「歯ブラシを束ねてた」

「一本しかないだろ」

「前は二本あった」

滉は聞こえないふりをして、管の内側を古いブラシでこすった。秀範は膝が悪く、しゃがむたび息を吐く。

離婚の日、滉は自分の歯ブラシを持っていかなかった。翌週取りに来るつもりだったが、母に止められた。それから十年、洗面台の右側だけが空いていた。

管を戻し、水を流す。今度は音もなく吸い込まれた。滉がナットを締めすぎると、秀範が肩を叩く。

「樹脂は割れる」

「昔、教えただろ」

「覚えてるなら先に言え」

床を拭き終えると、秀範は郵便物の束を渡した。濡れた袖を乾かすため、秀範が昔のスウェットを出す。滉は着替えを断りかけたが、自分の名前がまだ内側に書かれているのを見て受け取った。保険の通知、選挙の案内、滉が住所変更を忘れた通販のカタログ。

「次から転送しろ」

「来る用事、なくなるな」

秀範は冗談のように言ったが、笑わなかった。

滉は洗面台の棚を開けた。新品の歯ブラシが三本、ホテルの袋に入っている。そのうち一本を取り、右側のコップへ差した。

「今日は泊まらない」

「聞いてない」

「朝、早いから」

郵便物は鞄へ入れたが、歯ブラシの袋だけは捨てなかった。次に来たとき、どれが自分のものか迷わずに済むよう、柄へ油性ペンで小さく〈滉〉と書いた。