故人、受付へ
甲斐谷紀章の家へ、自分の葬儀案内が届いた。
『故 甲斐谷紀章儀 告別式』
もちろん紀章は生きている。誤配を知らせようと斎場へ行くと、受付の女性が名札を見て凍りついた。
「甲斐谷……紀章さま?」
「はい。案内が間違って届きまして」
「届いたのですか」
「本人宛てに」
受付は唇を震わせ、奥へ走った。すぐに親族が集まり、紀章を遠巻きに囲んだ。
「伯父さん、何か心残りが?」
「伯父さんではありません」
「まだ自分が分からないのね」
「私は四十二歳、文房具の卸をしています」
「生前の記憶が鮮明だ」
紀章は誤解を解こうとした。
「亡くなった方とは別人です」
「死を受け入れられないんですね」
「今朝、納豆を食べました」
「好物を最後に……」
「これから昼も食べます!」
僧侶まで来て、静かに合掌した。
「現世に執着がおありですか」
「誤配された郵便を返したいだけです」
「几帳面な方だった」
「過去形にしないでください」
親族の一人が涙をぬぐった。
「叔父さん、隠していた借金は?」
「ありません」
「安心させようとしてる」
「そもそも叔父さんではない」
「では、秘密の財産は」
「もっとないです」
紀章が免許証を出すと、皆はさらにざわついた。
「死後も身分証を」
「財布ごと持って来ました」
「成仏する気がない」
困り果てた紀章は、祭壇の遺影を見た。そこには八十代の男性が写っている。眉の形だけは少し似ていた。
「この方の住所を確認してください」
斎場職員が台帳を開いた。亡くなった甲斐谷紀章は隣県在住。案内状の宛名印刷で、同姓同名の顧客データを選んでしまったらしい。
「別人です!」と職員が叫んだ。
親族は一斉に紀章を見た。
「じゃあ、幽霊では」
「最初から人間です」
僧侶が合掌をほどき、受付は深々と頭を下げた。紀章は帰ろうとしたが、親族の老婆が弁当を差し出した。
「せっかく来たんだから、食べていきなさい」
「よろしいんですか」
「生きてる人は食べないと」
故人は祭壇、本人は昼食へ向かった。