断れる令嬢の契約ほどき

婚礼の誓約台で、リーゼは三度目の「いいえ」を言った。

一度目は父に聞き流され、二度目は神官に笑われた。相手の伯爵は彼女の領地と鉱山が欲しいだけだ。だが署名済みの婚約契約には、当主である父の承認があり、本人の意思は不要と記されている。

「花嫁は緊張しているのです」

伯爵が腕をつかむ。爪が食い込んでも、父は式次第だけを見ている。参列者は誰も目を上げない。

その瞬間、リーゼの胸元にだけ見える紫の窓が開いた。

《条件達成:拒否を三度無視された者》

《主人公専用排出枠〈自己決定〉を解放》

《あなたの意思を実行する品を一度だけ排出します》

彼女は息を整え、迷わず引いた。

現れたのは、細い糸が絡まった安物の指輪。

《契約ほどき》

《着用者の同意なく結ばれた関係だけをほどく》

伯爵は笑った。

「婚約は鎖ではない。指輪で切れるものか」

リーゼは自分の指へはめた。

糸が一本ほどける。誓約台の契約書から、彼女の名が抜けた。二本目がほどける。伯爵家へ移される予定だった鉱山権が白紙に戻る。三本目で、父が幼い彼女の後見権を担保にした借金契約まで消えた。

さらに糸は会場を走り、泣きながら出席していた侍女の奉公契約、護衛に押しつけられた終身忠誠、領民へ課された同意なき採掘労役を次々に解いた。

伯爵がリーゼの手を強く握る。

「私は認めない!」

指輪は彼の指だけを弾いた。認めるべきなのは彼ではない。リーゼ自身だ。

「では改めて答えます。あなたとは結婚しません。父上の道具にも戻りません」

彼女は伯爵の手を外し、正面扉へ向かった。護衛も侍女も、今度は命令ではなく自分の意思で後に続く。

父が震える声で叫ぶ。

「家を捨ててどこへ行く!」

リーゼは立ち止まらず答えた。

「私が選んだ場所を、これから家にします」

安物に見えた指輪の糸が、夜空のような光へ変わった。

《最高権能〈不可侵の自己決定環〉》

《世界初解除:強制契約二百八十一件》

《装備条件――“いいえ”を自分の言葉で言える者》