星を帰した正しい呼び名

「書かれた語の正しい発音が一つ分かるだけ? 朗読係にでもなれ」

天文魔法院の査定で、クラネスは無能とされた。

【能力:《正音》――一日に一度、目にした一語の本来の発音を理解し、そのとおり発声できる】

意味は分からず、呪文全体も読めない。彼は星砲台の銘板磨きへ回された。

百年彗星が予定より低く現れた夜、王都は赤い尾に覆われた。

大賢者オルセダは古代の星砲を起動する。砲身には一語だけ、標的を指定する固有名が刻まれていた。代々「メル・アド」と読まれ、それは王都上空を意味するとされる。

大賢者が名を唱えるたび、星砲は彗星ではなく王都の結界へ向きを変えた。

「装置が壊れている」

術師たちは砲身を押さえる。彗星はあと三度の鼓動で落ちる。

クラネスは毎日磨いてきた銘板を見た。文字の間にある点は区切りではなく、古代語で長音を示す傷だった。発音が一音違えば、固有名は別の対象になる。

《正音》

刻まれた語の音が、頭の中で初めて鳴る。

「メラード」

それは王都の古名ではなかった。古代人が夜空を渡る彗星群そのものへ付けた呼び名だった。

クラネスが正しい音を発すると、星砲の青い環が回る。

砲身は王都から空へ向き直り、落下する彗星を正面に捉えた。大賢者が魔力を流し込む。白い光が夜を裂き、彗星の核を貫いた。

巨大な岩は王都へ届く前に細かな流星へ砕けた。砲台の上では術師たちが伏せたまま、夜空だけが昼のように白くなる。やがて破片は赤い雨となって遠い海へ落ち、王都には温かな風だけが届き、止まっていた天文鐘がひとりでに一度鳴った。

オルセダは砲台へ膝をつき、古い発音記録を読み直した。百年前の書写で、長音記号が区切り点と誤記されていた。

査定官が「一語を正しく読んだだけ」と言う。

大賢者は銘板の煤を布で拭い、その布を男の口へ押し込んだ。

「世界を狙う兵器ほど、呼び名を一音違えてはならぬ」

オルセダは星砲台の主杖をクラネスへ渡した。

「次に空へ名を呼ぶとき、最初の声はおまえが出せ」