昨日の弁当が残る部屋

宮守史帆の夕方便には、高齢者向けの弁当が一つだけ残っていた。海沿いの団地、五階の一人暮らし。依頼欄には「応答がなくても保冷箱へ置き配」とある。

呼び鈴を二度押しても返事はない。史帆が保冷箱を開けると、昨日の日付の弁当が手つかずで入っていた。夏なら即座に異常と分かるが、その日は冷たい雨で、箱の中も冷えている。新人は言った。

「昨日も留守だったんでしょう。今日のを置いて、不在票でいいですか」

史帆は昨日の容器を持ち上げた。箸袋が濡れている。雨ではない。保冷箱のふたは閉まっていた。玄関扉の下から、細い水が廊下へ流れていた。

彼女は扉を叩きながら名を呼んだ。かすかに、洗面器が転がるような音がした。配送員が勝手に室内へ入ることはできない。史帆は弁当を置かず、配食センターの安否確認番号と団地の管理室へ同時に連絡した。持戻りの処理は後に回し、到着時刻と見えた状況を伝えた。

管理人が合鍵で開けると、受取人は浴室の前で倒れていた。蛇口が出たままで、手だけが動いている。救急隊が来るまで、史帆は廊下の水をタオルでせき止めた。下階へ漏れれば、別の事故が増える。

担架が出たあと、新人は昨日の弁当を見た。

「決まりどおり置くだけなら、気づけませんでしたね」

「決まりは、届いた先が昨日と同じときのものだから」

史帆はセンターへ、置き配停止の連絡を入れた。明日からは退院の確認が取れるまで配達を休止する。

隣室の住人は、廊下を塞ぐなと不満を言った。史帆は言い返さず、救急隊の通る幅だけを確保した。安否確認中に事情を広めれば、本人が戻ったあと団地で暮らしにくくなる。配送記録にも病名は書かず、「未応答、水漏れ、管理室対応」と事実だけを残した。

車へ戻ると、最後だったはずの端末に追加が入った。近くの家で、一食足りなかったという。史帆は今日の弁当を廃棄箱へ分け、新しい一食を積むため営業所へ向かった。空腹は待たせられるが、昨日の沈黙と同じには扱えなかった。