暴食王の木匙は千人分を量る

砦の食料庫は空だった。朝から見張り台で倒れる兵が続き、避難民の母親は自分の配給を子供へ渡して水だけを飲んでいる。敵軍は、その弱り切る時刻を狙っていた。

補給隊長が穀物を横流しし、籠城三日目で兵も避難民も立てなくなっている。料理番ボルクの鍋に残ったのは、豆ひと握り、干からびた根菜、塩二粒だけ。

「降伏まで腹を空かせていろ」

隊長は自分用の焼き肉をかじりながら笑った。

そこへボルクは、倒したばかりの暴食王スライムを引きずって戻った。戦った理由は経験値ではない。食料系ボスから「今いる人数を食べさせる品」を確定させる《厨房限定枠》のためだ。

スライムが消えた床には、焦げた木匙が一本。

《千人量り》

ボルクはすぐ大鍋へ豆と根菜を入れ、その匙で一周だけかき混ぜた。

鍋底から、ことことと音が増える。水を入れていないのに湯気が立ち、豆は二つ、四つ、八つと増えた。根菜は柔らかな角切りになり、塩気は薄まらず全体へ行き渡る。

「無限に出るなら、まず俺の皿へ盛れ!」

補給隊長が銀皿を突き出す。

木匙が鍋の縁を三度叩き、文字を浮かべた。

――働いた者、守られる者、空腹の者。一人一杯。横流しで他人の杯を奪った者は対象外。

避難民の子供から順に椀が満ちた。負傷兵、見張り、治療師、厩番。誰が受け取っても、最後の一口まで温かい。味も一様ではなく、子供には甘く、負傷兵には塩気が強く、老人には柔らかい。木匙は腹だけでなく、今必要な一杯を量っていた。千二百四十七人へ配っても鍋は尽きず、全員が食べ終えた瞬間、きれいに空になった。

隊長の銀皿だけが空のままだ。

香りに耐えかねた彼が食料庫の鍵を落とす。副官が扉を開けると、横流し前の印が付いた穀袋が奥の私室から山ほど見つかった。

「これは俺の非常食だ!」

「では非常時の今、全員へ返してもらう」

兵たちが穀袋を運び出す。隊長には、横流しの記録と冷えた焼き肉だけが残った。

満腹になった守備隊はその夜の襲撃を退け、翌朝、援軍の旗を迎えた。

ボルクが洗った木匙を鍋へ置くと、焦げ跡の下から金の銘が現れる。

【食物ボス限定SSR《千人量り》――一素材から千二百四十七食、世界初給餌】