最後の一枚
写真部の展示には、最後まで一か所だけ空白があった。
白い壁に四十枚の写真。朝の昇降口、準備中の廊下、絵の具だらけの手、バンドのリハーサル。文化祭の一週間を撮った作品の中央に、画びょうだけが四つ残っている。
「ここ、何を貼るの?」
鵜飼柚奈が聞くと、安西景吾はカメラの液晶を隠した。
「当日まで秘密」
「部長権限で見せて」
「俺も部員」
「二年が一年に逆らうな」
「写真は年功序列じゃない」
景吾は準備期間中、ずっと誰かを撮っていた。脚立を運ぶ生徒、廊下を走る実行委員、眠る担任。けれど彼自身は一枚にも写っていない。
文化祭当日、柚奈は展示室の受付に座りながら、中央の空白を何度も見た。昼を過ぎても埋まらない。閉場十分前、景吾がようやく一枚の写真を持ってきた。
「遅い」
「今、撮れた」
写真には、展示室の入口で笑う柚奈が写っていた。片手に来場者数の札、髪には飾りつけの紙片。何か特別な瞬間ではない。ただ、廊下の向こうにいる誰かを見つけて、無意識に顔がほどけた瞬間だった。
「これ、いつ?」
「三分前」
「私、誰見て笑ってるの」
景吾は答えず、写真の裏へ題名を書いた。
最後に撮りたかった人。
「展示の題名としては、説明しすぎ」
「じゃあ直す」
彼は「人」を二本線で消し、「顔」と書き換えた。
最後に撮りたかった顔。
「もっと恥ずかしい」
「部長、顔赤い」
「照明のせい」
景吾が写真を中央へ留める。四つ目の画びょうを押す指が、少し震えていた。
閉場の放送が流れ、最後の来場者が出ていく。柚奈は受付のインスタントカメラを手に取った。
「安西、そこ立って」
「俺は撮る側」
「最後の一枚くらい、年功序列」
景吾が写真の隣に立つ。柚奈はファインダーをのぞいた。
「笑って」
「無理」
「じゃあ、好きな人見て」
景吾はレンズではなく、その向こうの柚奈を見た。
シャッターを押した瞬間、彼は笑った。
現像を待つ白いフィルムの余白に、柚奈は題名を書いた。
最初に撮れた、撮る人の顔。
写真が浮かび上がる前に、景吾がその文字の下へ小さく書き足した。
見ていた人も、一緒に。
二枚の写真は展示時間に間に合わなかった。
だから今も、卒業アルバムではなく、柚奈の部屋の壁に並んでいる。