最後の音を二度言わせる
「聞いた音を一音だけ繰り返す? 鸚鵡のほうが愛嬌がある」
聖歌院の試験で、ネイヴァは無能の札を渡された。
【魔法:《一音返し》――視界内の一人が最後に発した一音を、その者の口から一度だけ繰り返させる】
言葉は作れず、声色も変えられない。一日に一度。ネイヴァは大聖堂の譜面係へ回された。
彼女は歌詞より、休符と終止記号を丁寧に写した。聖歌は音を足せば強くなるのではない。決められた場所で終わるから術式になると、譜面だけが教えていた。
戴冠式の最中、七人の黒衣司祭が祭壇を囲んだ。
彼らは参列者を沈黙結界へ閉じ込め、異界門の詠唱を始める。大司教ラグメルが聖杖を振っても、結界内では外からの音も魔法も届かない。詠唱を乱そうと叫んだ騎士の声は、自分の喉で消えた。
門は七拍の詠唱が一度ずつ正しく並ぶと開く。
黒衣司祭たちは互いの声だけが聞こえる結界の中で、最後の音へ進んだ。譜面を管理していたネイヴァは、その詠唱を古い禁書で見たことがある。七拍の後に余分な音が一つでも加われば、門は召喚先ではなく詠唱者自身を飲み込む。
しかし誰も声を差し込めない。
ネイヴァの魔法は、外から音を送るものではなかった。相手自身の口に、相手が発した音をもう一度言わせる。
最後の司祭が「ラ」と唱える。
異界門が黒く開き始めた。
ネイヴァは司祭の唇を見て、《一音返し》。
閉じたはずの口が勝手に開く。
「ラ」
八つ目の音が、沈黙結界の内側で響いた。
門の縁が逆向きに回る。黒衣司祭たちは逃げようとしたが、自分たちの影から伸びた腕に捕まり、一人ずつ門へ引き込まれた。最後の外套が消えると、結界も詠唱も跡形なく閉じた。
ラグメルは聖杖を下ろし、長く息を吐いた。
試験官が「一音では歌にならない」と呟く。
大司教は無能札を譜面台へ置き、その後ろへ休符を一つ書いた。
「歌を完成させる音だけが価値あるのではない」
ラグメルは聖歌院の白章をネイヴァへ渡す。
「世界を終わらせる七音へ、終わりを壊す一音を足した者が、今日の首席だ」