最終列車のあとでココアを
海沿いの小駅では、最終列車が出たあと、待合室で動物たちの茶会が開かれる。
駅猫のレール、屋根裏の蝙蝠の逆さ、昼間はホームを歩く鳩の砂時計、線路脇から来る狐の灯岬。駅員が洗い忘れた魔法瓶の蓋へ、給湯器のぬるい湯を少し。香りは、売店から漂うココアで補う。
茶会の話題は、夜の清掃員だった。
六十を過ぎた女性で、毎晩ベンチを拭き、忘れ物を確認し、最後に発車案内板へ「おやすみ」と言う。
最近、その声が小さい。
「娘夫婦が遠くへ越したらしい」
砂時計が昼間の会話を聞いていた。
「休日も駅へ来ている」
レールは雑巾の匂いで分かった。
「人間は、誰も乗らない駅にも『おやすみ』を言うのか」
灯岬が首を傾ける。
「返事が欲しいのかもしれない」
逆さが梁から言った。
翌晩、動物たちは返事の練習をした。
レールは「にゃあ」。砂時計は「くるっ」。逆さは人間には聞こえない高い声。灯岬は野生の狐なので、駅員の前では姿を見せない。
「まとまらない」
砂時計が嘆く。
「まとまる必要はない」
レールは前足を舐めた。
「駅だって、違う行き先の声が集まる場所だ」
最終列車が出る。
清掃員はいつものように床を拭き、待合室の時計を見上げた。暖房を切り、案内板へ向かう。
「今日も、おやすみ」
その瞬間、レールがベンチの下から鳴いた。
砂時計が窓枠で羽を鳴らし、逆さが梁を一周する。ホームの向こうでは、灯岬が一度だけ白い尾を見せた。
女性は驚き、やがて笑った。
「みんな、まだいたの」
彼女は自動販売機でココアを一本買った。
待合室のベンチへ座り、温かな缶を両手で包む。レールは少し離れた隣席へ上がり、砂時計は足元を歩いた。
「娘がね、来月遊びに来るの。駅が小さすぎて驚くわよ」
誰も人間の言葉では返事をしない。それでも女性はしばらく話し、空になった缶を捨ててから帰った。
午前零時半、茶会が始まった。
魔法瓶の蓋には、缶から移った甘い香りが残っている。
「返事は届いたか」
灯岬が訊く。
「たぶん」
レールが丸くなる。
「明日は?」
「明日も、おやすみを返す」
窓の外には暗い海があり、線路は月の光を細く反していた。
動物たちが静かに湯を囲むと、待合室は誰も乗らない夜の途中でも、ひとつの帰る場所のように温かかった。