朝まで開かない宝箱
宝探しのリュドは、宿《鍵穴亭》へ入ってから受付までの十二歩で、背負い袋を六回確かめた。
「部屋。一人。鍵は三本くれ」
「客室の鍵は一本です」
「窓鍵と金庫鍵と、金庫の予備鍵だ」
「予備があれば、あなたは朝まで開けますよ」
宿主ジェスカの指摘に、リュドの手が止まった。
一か月前、宝箱に化けた魔物へ腕を食われかけた。それ以来、今度は本物の宝まで化けて消える気がして、眠れない。袋の中には迷宮から持ち帰った青玉が一つ。十分ごとに触れ、夜明けには指先が血だらけになる。
ジェスカが出した商品は、蓋に太陽の印がある小箱だった。
「《朝まで開かない宝箱》。日没後に閉めれば、持ち主でも開けられません。壊そうとしても、朝までは箱のほうが強いです」
「盗まれたら」
「動かされると宿中の鐘が鳴ります」
「中で青玉が魔物になったら」
「その場合も、朝まで出られません」
理屈が気に入ったらしく、リュドは青玉を入れた。蓋が閉まり、鍵穴ごと消える。
一刻後、彼は爪で蓋を引っかいた。二刻後には短剣を当てた。三刻後、箱を抱いたまま寝台へ座り、とうとう眠った。眠りに落ちる直前、蓋の太陽印が一度だけ温かくなった。中身があることではなく、朝まで確認しなくていいことを知らせるような熱だった。
朝日が窓へ差すと、太陽の印が金色になった。
かちり。
自分から開いた蓋の中で、青玉は昨夜と同じ光を返した。傷も牙もない。リュドはしばらく見つめたあと、箱ではなく自分の両手を確認した。血が乾き、昨夜より震えが少ない。
「何回、開けようとした?」
「十七回です」
「一回も開かなかった」
「商品の説明どおりです」
リュドは宿代の銀貨一枚と、箱の利用料一枚を置いた。さらに小さな金貨を滑らせる。
「三十夜分、先に払う。青玉を売るまで、俺を俺から守ってくれ」
青玉を袋へ戻した彼は、帰り道で一度しか背を確かめなかった。
ジェスカが記録帳に「残り二十九夜」と書いた途端、入口のベルが鳴り、鍵穴亭に十三歩目の足音が入ってきた。