未来の自分への宿題
終業式の日、担任は最後に一枚の紙を配った。
『夏休みの目標――九月一日の自分へ』
勉強時間や生活習慣を書く欄の下に、自由記述がある。鶴巻円香は迷わず「毎日走る」と書き、私はその横で「早寝早起き」と書いた。どちらも守られない顔をしていた。
「本当の目標は?」と円香が聞く。
私は紙を隠した。自由記述には、まだ誰にも見せていない一行があった。
『二組の人に、好きだと言う。』
二組の人、とは曖昧すぎる。けれど名前を書けば紙だけが先に告白してしまう気がした。
夏休みが始まる。七月二十日、暑すぎる。二十五日、部活で会ったが先輩がいた。八月三日、メッセージを打って消した。十一日、駅前で見かけたが家族といた。十八日、もう少し痩せてから。二十四日、宿題が終わってから。
目標用紙の裏には、言い訳の日付だけが増えた。
八月三十日、私は学校の自習教室へ行った。宿題を終わらせるためではない。二組の彼が、図書委員の返却当番で来ると円香から聞いたからだ。
誰もいない教室で待ちながら、目標用紙を読み返す。毎日走ると書いた円香は三日でやめた。早寝早起きの私は、昨夜二時まで動画を見た。目標とは、未来の自分へ仕事を押しつけるための言葉なのかもしれない。
廊下に足音がした。
私は立ち上がる。けれど入ってきたのは円香だった。
「何しに来たの」
「見届けに」
「帰って」
「未来の自分から伝言。今日やらないと、明日もやらない」
腹が立つほど正しかった。
二組の彼は、その五分後に教室の前を通った。私は名前を呼んだ。声が裏返り、円香が後ろで机に額をぶつけた。
告白は、目標用紙より短く、返事はそれよりさらに短かった。
「うん。知ってた」
成功なのか失敗なのか分からないまま、九月一日。担任が目標用紙を回収した。
私は自由記述の一行に赤い丸をつけ、その下へ書いた。
『達成。ただし、未来の自分は当てにならない。』
円香の紙には、『毎日走る』の横に大きなばつ印があり、自由記述にこうあった。
『友達を一人、走らせた。』