未着料金

深夜のタクシーへ、亡くなった弟が乗ってきた。

後部座席の扉を開け、

「病院まで」

と、七年前と同じことを言った。

あの夜、運転手は弟から電話を受けた。

高熱の子どもを病院へ連れていきたい。

だが兄弟は金のことで揉めた直後だった。

「救急車を呼べ」

と切り、迎えに行かなかった。

弟は自分で運転し、途中で事故に遭った。子どもは助かったが、弟は帰らなかった。

メーターが勝手に動き始めた。

弟は、あの夜ならかかったはずの料金に達するまで、客としていられるらしい。

運転手は最短経路を避け、遠回りした。

料金を増やせば、長く話せる。

「子ども、元気か」

「もう高校生」

「俺のこと覚えてる?」

「写真では」

弟は窓の外を眺めた。

「お前、毎年金送ってるだろ」

弟の配偶者へ、匿名で学費を送っていた。

罪を軽くするためだと、自分でも分かっている。

「許してほしい?」

弟が聞く。

「無理だろ」

「私が許せば、運転が楽になる?」

「ならない」

「じゃあ、私の仕事じゃない」

メーターはまだ半分。

運転手は赤信号の多い道へ入った。

弟は、事故の夜に兄を恨んだと話した。

同時に、自分で運転したことも、電話で事情をきちんと説明せず怒鳴ったことも後悔した。

どちらが悪いと決める前に道が終わった。

「子どもへ、何て言えばいい」

「父親を見殺しにした叔父です、って?」

「そう思ってるなら、それも」

「嫌われる」

「匿名の金だけ受け取らせる方が、ずるいだろ」

病院が近づく。

運転手はさらに曲がろうとしたが、弟が肩を叩いた。

触れた感覚はなかった。

「客を目的地へ着けろ」

昔、父から二人で叱られた言葉だった。

最短の大通りへ戻る。

料金が七年前の金額へ近づく。

「心残りは、子ども?」

「半分」

「また半分か」

「残りは、お前が毎晩この道を避けること」

メーターが止まり、弟の姿が薄れた。

運転手は病院玄関へ車を寄せた。

「着きました」

「遅い」

弟は笑い、降りた。

翌日、運転手は弟の子どもへ会いに行った。

事故の夜のことも、送金のことも話した。

高校生は泣かず、

「今すぐ叔父さんとは呼べない」

と言った。

「分かった」

「でも、来月、母の通院を送ってくれる?」

「料金は?」

「家族割引で」

夜の仕事では、病院への道を避けなくなった。

メーターは普通に金額を刻む。

目的地へ着けば客は降り、運転手は次の人を乗せる。

それが見送った弟から返された、続けるべき仕事だった。