本物は向かいの美術館

 閉館後の展示室で、三人が一枚の絵の前に集まった。

 マフィアの美術仲介人、薔薇小路サルヴァトーレ。

 美術品窃盗を追う刑事、御厨和臣。

 絵を盗みに来た箒木緒々。

 作品名は《青い月》。三人とも今夜、この名の名画が動くという情報を得ていた。

「本物か」とサルヴァトーレ。

「本物です」と緒々。

「その判断の根拠は」と和臣。

 三人は互いを鑑定人、買い手、運び屋だと思った。

 緒々は額縁を調べるふりをする。

「警報線は細い。切るなら一度で」

 和臣は聞き逃さない。

「切る予定が?」

「絵を壁から、です」

「許可はあるんですか」

「あなたが依頼人では?」

 サルヴァトーレが割り込む。

「余計な話はするな。金は受け渡し後だ」

「いくらです」と緒々。

「五千万」

 和臣が目を細める。

「価値をご存じで?」

「市場へ出せば倍になる」

「児童画としては強気ですね」

「児童画?」

 三人は改めて絵を見た。暗い展示室では、青い円と黒い建物しか見えない。

 サルヴァトーレが小声で言う。

「作者は百年前に死んだはずだ」

「作者は小学四年生と聞いてます」と緒々。

「転生でもしたのか」

 和臣は展示札へ懐中電灯を向けた。

 しかしサルヴァトーレが腕を止める。

「光を当てるな。顔料が傷む」

「資料では油彩だ」

「これはクレヨンに見えるけど」と緒々。

「近年の修復技術だろう」

「ずいぶん柔らかい修復ですね」

 緒々が額を外そうとし、和臣が手首をつかむ。サルヴァトーレは二人を裏切りと見て出口を塞いだ。

「取引を台なしにする気か」

「取引の証拠として全員同行を」

「警察?」

「買い手じゃないの?」

 そのとき照明が一斉についた。

 学芸員の銅城絵麻と、パジャマ姿の少女が走ってくる。

「忘れ物を取りに来ただけなのに、何をしてるんですか!」

 少女は絵へ抱きついた。

「私の《青い月》、持っていかないで!」

 窓の向こうには、道路を挟んで国立美術館が建っていた。看板に《名画「蒼い月」特別展》とある。

 絵麻が指さした。

「本物は向かいです」

 和臣は緒々へ手錠をかけながら答えた。

「こちらにも本物の泥棒はいました」