枯れるものを買う

穂波は花屋の前で、いつも歩く速度を上げた。

元恋人は切り花を嫌った。

「数日で枯れるものにお金を払う意味が分からない。そういう浪費、生活したら困るよ」

同棲中、穂波が買った小さなブーケは、レシートまで確認された。それから花が欲しくなると、値段を日数で割った。一本三百円で五日なら一日六十円。それでも無駄だという結論にして、買わなかった。

残業帰りの木曜、店先のバケツに曲がったチューリップが一本だけ残っていた。淡い橙色で、茎の途中に傷がある。値札には百五十円と書かれていた。

穂波は足を止めた。

店員に「どれくらい持ちますか」と聞きかける。長く持つと保証されなければ買えない癖が、舌の先まで来た。

代わりに「これを一本ください」と言った。

店員は新聞紙を細く巻き、輪ゴムで留めた。穂波は百五十円を払った。ポイントカードは出さなかった。

家には花瓶がない。計量カップへ水を入れ、チューリップを挿した。台所の蛍光灯の下では、店先より少しくすんで見えた。茎が曲がっているせいで、花は冷蔵庫の方へ傾いた。

穂波は写真を撮らなかった。SNSに載せて「百五十円で癒やされた」と価値を説明することもしなかった。

夕飯は冷凍うどんだった。穂波は計量カップの横で麺をすすり、花が視界に入るたび百五十円という数字を思い出した。食後、レシートを家計簿アプリへ入力するとき、「日用品」か「娯楽」か迷った。結局どちらにも分類せず、レシートを引き出しへ入れた。役に立つ名前をつけなくても、買った事実は消えなかった。

翌朝、花びらの端が一枚だけ開きすぎていた。元恋人なら、ほら見ろと言ったかもしれない。

穂波は落ちた花粉を指で拭い、計量カップの水を替えた。

長く持つかは分からない。枯れれば捨てることになる。それでも、百五十円を正しい買い物に変える計算はしなかった。

枯れ始めたら悲しくなるだろうとも思った。

出勤前、傾いた花を一度だけ見た。元を取れていないままの橙色が、台所に残っていた。