柔軟剤のふた一杯
辻堂瑠歌は、コインランドリーの一番奥へ、紺色のカーディガンだけを入れた。
外は細い雨で、ガラス戸の向こうを傘が何本も通る。それは、亡くなったルームメイトが病院で最後まで羽織っていたものだ。家族へ返す前に洗ってほしいと頼まれ、瑠歌は三日間、紙袋のまま玄関へ置いていた。
洗濯表示を読んでも、記号の意味が分からない。そこで、二人のチャットを「洗濯」で検索した。出てきたのは一年前の音声だった。瑠歌が柔軟剤を入れすぎ、部屋じゅうを花の匂いにした夜、ルームメイトが録った説教である。
『ふた一杯じゃない。ふたの線まで。小さいほうの線』
再生すると、笑いをこらえた声が乾燥機の回転音に混じった。
瑠歌は洗剤投入口へ顔を近づける。線は三本ある。音声の続きで『一番下。うちは二人分しか洗わないんだから』と言われ、最も低い線まで注いだ。今日は一人分、それも一枚だけなので、さらに少し戻す。
襟元には看護師が貼った名札の糊が少し残っている。水で落ちるか不安になったが、家族からはそのままでよいと言われていた。
カーディガンのポケットを確認すると、個包装の飴が一つ出てきた。病院の売店で配られていたものだ。捨てるか迷ったが、今日は洗うことだけにする。飴は自分のコートのポケットへ移した。
料金を入れ、弱水流を選ぶ。蓋を閉める直前、カーディガンの袖が外へ垂れた。音声のルームメイトが『袖、挟まないでね』と言う。瑠歌は袖を中へ押し込み、思わず周りを見た。
洗濯機が回り始める。紺色が泡の向こうを何度も横切った。残り時間は二十八分。瑠歌はベンチで音声を聞き終え、もう一度は再生しなかった。
隣の大型乾燥機が止まり、店内が急に静かになる。その静けさの中で、瑠歌の機械だけが最後の一周をゆっくり回した。
終了音が鳴る。取り出したカーディガンは水を含み、思ったより重い。瑠歌は持参した平干しネットへ肩の形を整えて載せた。最後に両袖をまっすぐ伸ばすと、石けんの匂いの奥に、ほんの少しだけ以前の部屋の匂いが残った。