橋の真ん中の学校

東岸村と西岸村は、川一本を挟んで三十年争っていた。

どちらも「相手の村へ子を通わせるくらいなら学校はいらない」と言い、結果、両岸の子どもが字を知らなかった。教師を一人ずつ雇う金はない。橋の通行権まで揉め、子どもは川原で石を投げ合って大人の真似をした。

新任の河川監督カイエンは、橋の中央にある徴税小屋を指した。

「ここを学校にします。東でも西でもない場所です」

費用は子どもの人数ではなく、使っている家屋の戸数で分ける。子が多い家ほど損をする制度では、出生を隠す者が出るからだ。東四十戸、西三十戸。負担も四対三。支出は橋の両側に同じ帳簿を掲げ、どちらか一方だけでは変更できない。

両村長は同時に反対した。

「相手が少なく申告する」

カイエンは空き家を除いた戸札を橋へ並べ、全員に確かめさせた。異議はその場で赤札に書き、翌日まで公開する。領主の釣り小屋も一戸として数えたため、誰も特例を主張できなくなった。

最初に木槌を持ったのは、西岸の大工だった。東岸の石工が傾いた床を支えた。二人は口を利かなかったが、寸法だけは板へ書いて渡した。母親たちは両岸から一脚ずつ椅子を運び、漁師は冬の渡河用に綱を張った。

橋の修繕当番も東西で交互にせず、得意な作業を申告して組んだ。西の舟師が綱を見て、東の鍛冶師が金具を直す。貢献時間は競争の点数にせず、足りない作業だけを掲示した。相手より多く働いたと威張る余地を消すと、手伝いはかえって増えた。

開校日、教師は白墨を一本だけ机の中央へ置いた。

教師は二人を止めなかった。一本しかない白墨を奪い合うか、分けるかも、この学校で最初に学ぶことだと思ったからだ。

東岸の少女が取り、西岸の少年が睨む。少女は白墨を半分に折り、一方を差し出した。

「地図、そっちの岸から描いて」

二人が黒板の両端から川線を引く。中央で線がつながった時、外にいた大人たちから小さな拍手が起きた。

橋の東西にあった別々の通行鐘は、その日、一本の綱へ結び直された。

最初の授業を告げる音は、両岸へ同時に届いた。