欠席番号三十二
同窓会では、出席者より一脚多く椅子を並べる。
余分な椅子には、会場にいるのに誰からも名前を思い出されない者の旧学用品が置かれる。本人は持ち物を名乗ってはいけない。集合写真を撮る前に、持ち主は椅子の後ろへ立ち、撮影後、その品だけを持って退出する。誰も該当しなければ、椅子は空のまま三十二番と呼ぶ。
卒業から十年の同窓会に、鵜殿は十五分遅れて着いた。
受付の同級生は名札を探し、「どちらのクラスでした?」と尋ねた。名札の箱には、医師、店長、父親になった同級生たちの現在が肩書として並んでいた。鵜殿の勤める印刷会社の名前は、誰の記憶にも引っかからなかった。鵜殿が三年二組と答えると、相手は笑って予備の無記名札を渡した。教室を模した会場には懐かしい顔が並んでいたが、皆、鵜殿へ丁寧な会釈をした。胸の無記名札だけが、彼を招待業者のように見せていた。
高校時代も目立たなかった。文化祭では会計、体育祭では用具係。卒業文集の写真では、ページの綴じ目に半分隠れた。連絡用のグループにも招待されていない。それでも、名前まで忘れられるとは思っていなかった。
窓際に三十二番の椅子があった。座面には、青い製図用シャープペンが一本載っている。軸の傷も、消しゴムのない後端も、鵜殿が三年間使った物と同じだった。卒業式の日に失くした。
隣にいた女性が軸を見て、「これで文化祭の看板を描いてくれた人がいた」と言った。鵜殿は一瞬顔を上げた。だが彼女は名前を思い出せず、別の同級生が話題を進路のことへ変えた。青いペンだけが、座面で小さく転がった。
誰かが「誰のだっけ」と言った。別の誰かは「美術部じゃない?」と答えた。
鵜殿は規則どおり黙った。
集合写真の時間になり、彼は三十二番の後ろへ立った。カメラマンは人数を数え、「一人多いですね」と言ったが、幹事は「椅子の分です」と説明した。皆は納得した。
シャッターが切られた。鵜殿は青いシャープペンを取り、誰にも呼び止められず会場を出た。
翌日、共有された写真には三十一人と一脚の空席が写っていた。椅子の座面で、青いシャープペンだけが垂直に立っている。その細い影は、鵜殿の名札と同じ形に曲がっていた。