死亡記事を公開しない夜
ニュースサイトの夜間デスクで、新庄牧が朝版の見出しを揃えていた午前四時二十分、芸能事務所を名乗るメールが届いた。
〈所属俳優が本日未明、逝去しました。午前五時解禁〉
添付された写真もコメントも整っている。競合社より早く出せば、朝のアクセスを取れる。編集長は電話で「記事を作って予約公開して」と言った。
牧は本文を整えながら、差出人のドメインに目を止めた。事務所公式の綴りより、中央の一文字だけ多い。過去の発表メールを検索すると、署名の電話番号も末尾が違っていた。
後輩は「でも写真は公式サイトと同じです」と言う。
「同じだから本物とは限らない。公開されているものは、誰でも添付できる」
牧は予約公開を入れず、事務所の登録済み広報番号へ電話した。留守番サービスにつながったため、緊急連絡先と担当記者の双方へ確認を回す。五時の二分前、担当記者から返事が来た。
俳優は入院もしていない。事務所には同じ偽メールの問い合わせが殺到しているという。
別のサイトでは一度記事が公開され、数分後に消えた。牧はその画面をスクリーンショットで保存し、自社には〈著名人を騙る偽の訃報メールに注意〉という短い記事案を出した。ただし俳優名は見出しに使わず、確認できた事実だけを書く。
編集長は「アクセスを逃したな」と言ったあと、少し間を置いて「いや、助かった」と言い直した。予約欄に残った空白は、記事一本分の損失ではなく、訂正記事を出さずに済んだ余白に見えた。
牧は後輩へ、訃報用テンプレートの最初へ〈差出人ではなく、登録済み連絡先へ確認〉と追記してもらった。速さの仕事ほど、止まる位置を共有しなければならない。
朝、牧の受信箱には政治部のデータ担当公募の締切通知が残っていた。派手な現場取材ではなく、数字と出典を確かめ続ける仕事だ。同期には「地味で昇進が遅い」と言われ、応募を迷っていた。
牧は今夜公開しなかった記事の記録を実績欄へ添え、公募フォームを送信した。