残りHP一の反射剣
「処刑人ソロは無理。斬首を受ける盾役が必要」
「カウンター窓、〇・二秒しかないぞ」
「黒瀬依織、初期装備で来たの正気?」
黒瀬依織はボス部屋の前で、鎧も兜も外した。
残したのは耐久値一の細剣と、初心者用の白いシャツだけ。鉄檻の中央で、断頭の処刑人ギロティスが大斧を引きずる。通常攻撃はすべて無効。唯一、必殺技《判決》の瞬間に胸の核が開くが、標的は先に即死する。だから盾役が首を差し出し、別の攻撃役が核を叩く。それが既知の解法だった。
依織は半年前まで、討伐隊で盾役の蘇生を担当していた。何度も誰かが首を差し出す攻略を見て、勝利のたびに拍手できなくなった。今日は犠牲役を置かない。そのために、自分の命を一より小さく見せる計算を終えてきた。
依織のHP表示が下がっていく。
装備を外した反動で最大値が一になり、赤い点だけが残った。
「紙どころかHP一」
「即死攻撃に調整する意味ある?」
「待て、細剣の効果。“受けた超過ダメージを直前の一撃へ返す”」
処刑人が笑った。
大斧を頭上へ掲げると、部屋の扉が閉まり、床に赤い判決線が走る。逃げ場はない。依織は剣を下げたまま、その線の中心に立った。
《有罪》。
依織の心拍数は百八十を超えた。配信の警告音を切り、彼女は処刑人の肩ではなく、刃の先だけを見る。恐怖を消す方法はない。ただ、〇・二秒の中へ入れないだけだ。
斧が落ちる。
首へ刃が触れる一瞬だけ、処刑人の胸が開いた。
依織は細剣を一度、斜めに払った。
金属音が短く鳴る。
斧の軌道が髪一本ぶん逸れ、即死判定だけが剣へ流れ込んだ。HP一を超えた九千九百九十九万の処刑ダメージが、耐久値一の細剣を通って“直前の一撃”へ返る。
処刑人の斧が砕けた。
遅れて胸の核が真横に裂け、巨体が鉄檻へ倒れ込む。依織のHPは一のまま、減っていない。
「ジャストパリィ!」
「超過分を全反射、倍率じゃなく実数だ」
「防御したんじゃない。斬首の向きを一回変えただけ」
「ダメージログ、九千九百九十九万……」
依織は折れた細剣の柄を掲げた。
公式ランキングの最大単発ダメージ欄が、彼女の名前で塗り替わった。