氷梟の閉じた目
冬でもないのに、学院の時計塔が凍った。
頂に降りた氷梟は翼を広げれば広場を覆うほど大きい。北国では、その両目に見つめられた町は百年の雪に埋もれると言われている。
教授たちは防寒結界を張り、討伐術式を組み始めた。
書庫番のキリクは塔の窓から神獣を見上げ、妙なことに気づく。
氷梟は鐘の音に合わせて何度も瞬きをしたが、動くのは右目だけだった。左側から風が来ると、顔を背ける。古写本の挿絵に描かれた「両眼で冬を呼ぶ姿」とは、まるで違う。
氷梟は左目を一度も開けていない。
その周りだけ、羽が不自然に固まっていた。
「凍らせているのではなく、凍りついているんです」
誰に言っても、臆病者の戯言だと退けられた。
キリクは暖炉から湯を取り、厚手の布と脚立を抱えて塔へ上った。
屋上の扉を開けると、冷気で睫毛が白くなる。
氷梟の嘴がこちらを向いた。ひと突きで胸を貫ける大きさだ。
「本を傷める霜は嫌いです。でも、あなたまで嫌いなわけじゃない」
布を湯に浸し、両手で掲げる。
氷梟はしばらく動かなかった。やがて頭を低くし、閉じた左目をキリクの前へ差し出した。
瞼の羽には、透明な樹脂がこびりついていた。密猟者が翼を封じるために使う凍結樹脂だ。
温布を当てると、氷梟の爪が屋根へ食い込む。それでも逃げない。キリクは熱すぎないか自分の頬で確かめてから、布を替えた。樹脂が緩むたび、固まっていた細い羽が一本ずつ立ち上がる。途中で梟の嘴が肩へ触れたが、噛むのではなく、身体を支えるためだった。
少しずつ樹脂を柔らかくする。
最後の欠片が剥がれた。
左目が開き、夜明け色の虹彩が現れる。
教授たちの術式が完成した瞬間、氷梟は両翼を振った。
広場が白く霞み、誰もが凍結を覚悟する。
降ったのは、冷たくない羽毛だった。
時計塔の氷はほどけ、キリクの足元へ清らかな水となって流れる。
氷梟は脚立の横へ身を伏せ、頭をキリクの膝へ押し込んだ。頬を包む羽毛は見た目ほど冷たくなく、雪の下で春を待つ土のような温度だった。大きな瞼が閉じるたび、その重みが膝の上でゆっくり安らいでいった。