決勝バスからの着信

午後九時四十六分、戸波鋼太の携帯に、チームバスから電話が入った。

『お前、またベンチだろ』

主将の久慈は笑っていた。背後で選手たちが応援歌を歌い、ウインカーが一定の間隔で鳴る。九十秒後、バスは山道のガードレールを破った。

鋼太が叫んだ瞬間、ホテルの時計は九時四十六分へ戻った。テレビには翌日の決勝戦特集。机には、主将から預かった黒いUSBメモリがある。

目的は一つ。次のサービスエリアでバスを停めること。位置情報が五分以上動かなければ反復は終わる。

一周目、運転手へブレーキ故障を伝えた。点検のため減速した直後、後ろからチームオーナーの車に追突され、バスは谷へ落ちた。

二周目、爆発物があると通報した。警察は間に合ったが、久慈が「いたずらだ」と発車を命じた。

三周目、久慈に未来を話した。

『お前、またベンチだろ。試合に出たいから止めるのか?』

その言葉だけは毎回、鋼太の胸へ正確に刺さった。

黒いUSBには、オーナーが選手へ八百長を命じた録音が入っている。拒否した久慈たちは、決勝後に告発する予定だった。だがオーナーはそれを知っていた。ブレーキには細工があり、追走車は事故を確実にするためにいる。

バスだけを止めても追走車が動く。試合そのものを消せば、両方を公道から降ろせる。

次の着信で、鋼太は久慈の挑発に答えなかった。USBの全内容と、自分が過去に一度だけ八百長へ加担した証拠を、リーグと警察と動画配信へ同時公開した。

テレビ画面に速報が走る。

〈決勝戦中止。関係者を事情聴取〉

バスの位置情報がサービスエリアへ入り、そこで止まった。追走車も料金所で警察に囲まれる。

九時四十八分。時計は戻らない。

電話の向こうから歌が消えた。

『鋼太、お前まで終わるぞ』

「だから止まったんだ」

通話は切れた。代表選考も、決勝の舞台も、幼い頃から追った優勝杯もなくなる。SNSには裏切り者という文字が増え始めた。

鋼太は黒いUSBを折らなかった。ベンチにすら座れない明日を受け入れ、ホテルのドアを開けた。廊下のテレビでは、無人のスタジアムだけが明るく照らされていた。