沸騰した万能薬
万能薬の完成を目前にした錬金術団は、火加減しかできない支援魔術師ティエラを追放した。
団長ホズマは言った。
「温度計は買える。完成者名簿に君の名を載せる理由はない」
ティエラは釜の鍵を返し、工房を出た。
翌朝、最後の調合が始まった。
薬液を七十度まで上げ、竜胆粉を入れ、七十二度を十秒保つ。温度計の針は正確だった。ホズマは勝利を確信し、王室検査官を呼び入れた。
針が七十二を示した瞬間、釜底だけが赤くなった。
泡が一つ、二つ、そして天井まで噴き上がる。青い薬液は黒く焦げ、万能薬一瓶分どころか、半年かけた材料すべてが煤になった。
王室検査官の白衣には黒い斑点が飛び、完成証明書は薬液で溶けた。ホズマは上澄みだけでも救おうと瓶へ移したが、触れた銀匙が腐食したため、危険物として釜ごと封印される。発表会は中止され、工房の扉には『調合停止』の赤札が貼られた。
「温度計は七十二だったぞ!」
助手が釜底を指さす。
「液面は七十二です。でも底は百二十を超えています。混ぜるほど外気で上が冷え、下だけ熱が溜まったんです」
ティエラは温度を測っていたのではない。
釜の中の熱を薄く均し、どこをすくっても同じ温度にしていた。高価な温度計は一点しか読めないが、彼女の支援術は釜全体を読んでいた。
同じころ、町のパン工房では焼き窯から二十枚の薄焼きパンが出てきた。
端も中央も同じ狐色。親方リッカは一枚を割り、ぱりりという音に満足げに頷く。
「今まで端は焦げ、中央は生だった。君の熱なら全部を商品にできる」
「薬ではなく、パンですよ」
「毎朝必要なものを安定して作れる人は、万能薬より貴重だよ」
試し焼きだった二十枚は、開店前にすべて予約された。これまで捨てていた焦げ端がなくなり、同じ小麦で三割多く売れる。親方は浮いた分からティエラ専用の窯を造ると、その場で職人たちへ告げた。
粉だらけのティエラへ、錬金術団の使者が駆け込んだ。
「材料を集め直す。今度は共同発明者として扱う。すぐ戻ってくれ」
ティエラは焼き窯の主任札を受け取った。
「錬金術団との共同研究契約は、追放を通告された日に終了しています」