海の底まで届く味噌ラーメン
海底民ミュレイは、湯気の立つ丼から顔を遠ざけた。
地上留学に来て二か月。火を使わない海底の食事に慣れた彼女には、熱い料理はまだ少し怖い。異界学生寮の食堂で、今夜の献立は味噌ラーメンだった。
「スープが煮えているのでは?」
「食べられる温度です。たぶん」
調理員は笑い、穴の空いた蓮華を添えた。
茶色いスープには太い麺、炒めたもやし、とうもろこし、挽肉、葱。中央で四角いバターがゆっくり溶けている。味噌とにんにくの香りが、雨で湿った髪まで包んだ。
ミュレイは麺を一本だけすすった。熱くて一度止まる。もう一度、今度は空気も一緒に吸うよう教えられた。ずず、と大きな音が出る。
「音を立ててしまいました」
「ラーメンは、それでいいんです」
周囲を見ると、皆が同じ音を立てている。故郷では食事中の水音を慎む。彼女はいつも、波のない皿を静かに口へ運んでいた。
太い麺には味噌がよく絡み、もやしはしゃきしゃきしている。とうもろこしを噛むと甘く、溶けたバターがスープを丸くした。飲むたび、胸の内側から温度が広がる。
留学生活は順調だと、家族には書いていた。本当は言葉の速さについていけず、教室で笑うタイミングも分からない。寮の部屋で海の音を流し、眠る前に泣いた日もあった。
「地上は、寒いです」
ミュレイが初めて弱音を口にすると、向かいの留学生が頷いた。
「僕の国は空の上だから、地面が怖い」
「それでも来たのですね」
「そっちもでしょう」
二人は少し笑い、同時に麺をすすった。音が重なると、食堂の雨音に似ていた。
食後、ミュレイは家族への伝書を書き直した。
〈勉強は難しい。地上は寒い。でも、今夜は味噌というスープで温まった〉
丼の底に残ったとうもろこしを蓮華で一粒ずつすくう。最後の一口まで飲むと、唇に味噌とバターの香りが残った。
冷えていた指先まで、丼を抱えた熱がゆっくり戻っていた。
外の雨はまだ続いていたが、傘を開くとき、ミュレイの体からは白い湯気が上がるような気がした。