海辺の診療所

溺れていた私を引き上げたのは、白い診療船だった。

浜から沖へ流され、意識を失ったらしい。目覚めると、海辺の小さな診療所のベッドにいた。白衣の医師が脈を取り、「肺の水は抜けた」と笑った。

窓の向こうには青い水平線が見える。

枕元の問診票には、救助時刻より先に私の勤務先と潜水予定海域が印字されていた。医師は海上保安庁から聞いたと言ったが、私は計画を会社の端末にしか登録していない。

ただ、雲が一時間たっても同じ形のままだった。カモメも同じ三羽が、同じ間隔で右から左へ飛び続ける。

洗面台の蛇口をひねると、真水ではなく薄い塩味がした。

「海水が配管に混じったんですか」

医師は古い建物だからと答え、カーテンを閉めた。

医師は胸の音を聴くふりをしながら、私がどこまで潜り、誰へ連絡したかを細かく尋ねた。溺水患者への質問というより、報告先を確かめる尋問だった。

私は海洋調査の潜水士だ。溺れる前、立入禁止海域の海底で、夜中に投棄された金属容器を撮影した。浮上したところへ小型船が接近し、その後の記憶がない。

「私の潜水カメラは?」

「波に流されたのでしょう」

医師はそう言ったが、机の引き出しから私の機材と同じ電子音がした。

廊下へ出ようとすると、ドアは外側から電磁錠で閉じられていた。非常呼出しボタンを押すと、ナースコールではなく操舵室らしい男の声が「船室三、異常」と答え、すぐ切れた。

外へ出たいと言うと、肺炎の恐れがあるから安静に、と鎮静剤を用意された。私は注射を拒み、窓へ椅子を投げた。

ガラスは割れなかった。水平線にひびも入らない。映像が一瞬だけ乱れ、青い画面が黒くなった。

同時に床が傾き、棚の薬瓶が滑った。壁の奥からエンジン音が響く。

白衣の医師が無線へ叫んだ。

「被収容者が船室の映像窓を破壊しました」

壁の扉が開き、作業服の男たちが入ってくる。胸には、海底の容器に刻まれていた会社の印があった。

診療所は海辺になかった。

あの白い船の腹の中で、私はまだ陸から遠ざかっていた。

彼らが救ったのは溺れた私ではない。海へ沈めた秘密だった。