消しゴム入りのお守り
面接試験の前日、下駄箱に小さなお守りが入っていた。
灰色の布を手縫いしただけで、形は少しいびつ。表には黒い糸で『平常心』とある。
裏返すと、『失敗しても消せる』と刺繍されていた。
持ち主はすぐ分かった。放課後、毎日面接練習に付き合ってくれた隣の席の相手だ。ふざけてばかりなのに、僕が答えに詰まると黙って待ってくれる。
教室で礼を言うと、彼は机へ突っ伏したまま片手を上げた。
「中、開けるなよ」
「また何か入ってる?」
「開けたら効力なくなる」
試験当日、控室で名前を呼ばれる直前、お守りを握った。中に硬いものがある。指で触ると、四角くて軽い。
面接では最初の質問を聞き違えた。言い直し、二問目では言葉が詰まった。頭の中が真っ白になりかけたとき、お守りの硬さを思い出した。
失敗しても消せる。
実際には面接の言葉を消すことはできない。それでも、次の答えは書き直せる気がした。
帰りの電車で我慢できず、縫い目を少しほどいた。
中から出てきたのは、半分に切った消しゴムだった。僕らが面接練習で使っていたもの。角に、彼が暇つぶしで描いた笑った顔が残っている。
さらに小さな紙が巻かれていた。
『本番で失敗したら、帰ってきて全部しゃべれ。笑わず聞く』
学校へ戻ると、彼は昇降口のベンチで待っていた。
「開けたな」
ほどけた縫い目を見て、すぐにばれた。
「効力、なくなった?」
「結果出るまでは有効」
僕は面接で失敗したところを全部話した。彼は約束通り笑わなかった。代わりに、最後まで聞いてから言った。
「それ、失敗じゃなくて訂正だろ」
合格発表の日、番号を見つけた僕は、最初に彼へお守りを返そうとした。
彼は受け取らず、胸ポケットへ押し戻した。
「次は卒業式の答辞」
「まだ頼まれてない」
「お前なら頼まれる」
本当に頼まれた。
答辞を読む直前、灰色のお守りは制服の内側にあった。消しゴムはもう使えないほど小さくなっていたが、笑った顔だけは残っていた。角の削れ方まで、あの日々のままだった。