温室店は花より静か

ティセラが公爵家の庭園で働いていた頃、花は一輪でも枯らしてはならなかった。

緑の制服は袖口が土で硬くなり、胸には夜間呼び出し用の銀鈴が付いていた。宴の前日は眠れない。風で枝が折れれば彼女のせい、暑さで蕾が遅れれば彼女のせいだった。

今は森外れの花店に住んでいる。屋根の半分が硝子の温室で、雹が降れば一晩で穴だらけになる古い建物だ。

初めての雹の夜、ティセラは毛布から出なかった。朝、覚悟して店へ下りると、床の破片が空へ浮き、窓枠へ戻るところだった。ひびは朝露に溶け、歪んだ鉄骨は蔓が巻きついて元の形へ押し戻す。

温室は自分を直すだけでなく、咲き頃の花を小さな配達蜂へ預ける。村の注文札を蜂が読み、代金を持ち帰るため、店主が起きていなくても商いは続いた。

《定期花便、入金。今月の暮らし分を達成》

銀鈴が、昔と同じ甲高い音で鳴った。

『明日の夜会に白百合が三百本要る。庭園へ戻りなさい』

公爵家の園長だった。

「もう雇用契約は終わっています」

『あなたが育てた花でしょう。責任を持ちなさい』

「育てたのは土と日差しです。私は助けただけです」

『恩知らず。今なら副園長に――』

ティセラは銀鈴を制服から切り取り、鉢の底へ置いた。

「役職より、今夜眠れることを選びます」

通話が切れると、温室の天井で一枚の硝子が音を立てた。鳥の落とした木の実が当たったのだ。だが蔓がすぐ支え、透明な傷は花弁のように閉じた。

その前に、一匹の蜂が注文札を運んできた。村の花嫁からで、白百合ではなく、今咲いている野花を少しだけ欲しいと書かれている。温室は開いた花を傷めない本数だけ選び、束ね、料金も小さく示した。公爵家では花を季節ごと従わせた。ここでは客が季節に合わせる。ティセラは束へ一輪足したくなったが、手を止めた。店はもう十分に、誰も疲れさせない形で喜びを届けている。

ティセラは配達蜂へ午後の仕事を任せ、ラベンダー畑に布を敷いた。銀鈴は鳴らない。蜂の羽音だけを子守歌にして、日差しの中で横になった。