湖は水竜の皿

「魔物が使った器を一つ洗浄するだけ? 厩舎の皿洗いで十分だ」

水宮の技能審査で、ロッカは無能とされた。

【技能:《魔物の皿洗い》――魔物が飲食に使った容器一つを、完全に清浄な状態へ戻す】

中身まで消えるため、食料の入った器には使えない。一日一度だけ。ロッカは湖畔の小屋へ移り、傷ついた小水竜ミナモと暮らした。

ミナモは朝、湖から魚を一匹捕り、ロッカの縁台で半分ずつ食べた。昼は葦の間で眠り、夕方になると湖へ口をつけて水を飲む。ロッカは木椀を洗い、鱗へ薬を塗る。それだけの穏やかな日々だった。晴れた午後は、二人で桟橋の影を半分ずつ使った。

ある晩、上流の銀鉱山が崩れた。

青黒い泥が川を下り、湖を覆った。魚は腹を見せ、井戸まで金属臭くなる。湖守卿デレオンは浄化石を百個投じたが、毒は湖底の泥へ染み込んでいた。水門を開けば下流の国まで汚し、閉じれば湖畔十万の飲み水がなくなる。

「水竜を避難させろ。湖は捨てる」

デレオンが命じた。

ロッカは、苦しそうに湖へ鼻先を近づけるミナモを見た。毎日ここから飲み、魚を食べ、眠ってきた。人間には湖でも、水竜にとっては大きな食卓だった。

「この湖は、あの子が使った器です」

審査官が笑う。

「器とは手に持てるものだ」

「あなたの杯は手に持てます。でも水竜の手は、山ほど大きくなる」

ロッカは岸へ膝をつき、両手を水に浸した。

《魔物の皿洗い》

湖面から青黒い色が消えた。

波が岸から中央へ走り、鉱泥も死んだ藻も、底に沈んだ毒さえ光の粒となって消える。残ったのは透明な水と、驚いて跳ねる銀魚だった。ミナモが恐る恐る一口飲み、嬉しそうに尾で水を叩いた。

水門の兵が桶を汲む。臭いも苦みもない。浄化石で救えなかった湖が、朝の食器のように澄んでいた。

審査官が「湖を容器と呼ぶのは詭弁だ」と言う。

デレオンは自分の銀杯を湖へ投げた。

「水竜が飲めば、海さえ杯になる」

湖守卿は水宮の青鍵をロッカへ差し出した。

「今日から、この国の水が誰の食卓かを忘れぬ者が、湖を守れ」