湯一杯の遠征鍋

討伐隊の荷車十二台のうち、四台はスープの樽だった。

軍料理長マルボは当然だと言う。

「温かい汁がなければ兵は動かん。だが水で薄めれば味が死ぬ」

問題は湿地の一本橋だった。荷車は九台までしか通れず、三台を置いていかなければならない。矢を減らす案、毛布を減らす案、治療薬を減らす案が出るたび、隊員の顔が険しくなった。

雇われ補給書記の慧がスープを指した時だけ、マルボは机を叩いた。

元給食会社の商品開発員、早瀬慧は、一樽だけ厨房へ戻した。

大鍋へ移し、焦がさぬ火で煮続ける。水を足さず、香草も肉も増やさない。鍋肌へ焦げつかないよう底を一定の速さでさらい、表面の泡だけを取る。夜番が二度替わり、量が十分の一になるまで木匙を動かした。

夜明け、樽一杯だった汁は、鍋底の褐色の濃いペーストになった。

マルボは勝ち誇って舐め、すぐ顔を歪める。

「塩辛すぎる。失敗だ」

慧は何も言わず、匙一杯を空の椀へ入れ、熱湯を注いだ。

湯気とともに、牛骨と炒め玉葱の香りが厨房いっぱいに戻った。

一口飲んだ兵士が目を見張る。昨夜の樽のスープと同じ濃さで、脂も香草も舌に残る。

十杯作っても、ペーストは小壺の底にまだ半分あった。

慧は昨夜の樽から残しておいた汁も隣へ出す。隊員五人が目隠しで飲み比べたが、三人は濃縮から戻した椀のほうを選び、残る二人も差を当てられなかった。

荷車の前で計量すると、四樽分の汁が壺四十個に収まる。必要な水は野営地で汲めばよい。空いた三台には矢、毛布、治療薬をすべて積める。

遠征隊長は地図を見ていた手を止めた。

「沼地を迂回せず進める。荷車が三台減れば一日縮む」

マルボは反論しようとしたが、兵たちは二杯目を求めて列を作っていた。

会計係は樽の漏れと腐敗で毎回失っていた二割まで消えると付け加えた。マルボの名で計上されていた損失額が読み上げられ、彼の口が閉じる。

慧が保存用の小壺へ蝋蓋をすると、隊長は補給命令を書き換えた。

「今後、汁は運ばない。この濃縮壺を三百。慧を遠征隊付き保存食主任に任命する」

十二台だった隊列図から、三台分の線がその場で消えた。