湿度四十五パーセント

名越澄花が美術品輸送会社で引き継いだのは、海を描いた一枚の油絵だった。

翌日から産休に入る生田凛々子は、長くその作品の輸送を担当してきた。今夜、絵は空調付きの箱に収められ、港の展覧会場へ運ばれる。管理表には〈湿度四十五パーセント、青い乾燥剤を確認〉とだけ書かれていた。

トラックの扉が閉まる直前、澄花は箱の小窓に差した湿度カードを見た。青いはずの印が、端から薄い桃色に変わっている。運転手は「凛々子さんなら替えを持ってる」と言った。

凛々子は鞄から乾燥剤を取り出した。私物の密閉袋に、湿度計、予備電池、養生テープまで入っている。

「会社の備品は申請に時間がかかるから。これで何度も間に合わせたの」

予定を遅らせれば、会場の設営に影響する。澄花は出発を止め、箱を開けた。内側の緩衝材が搬入口の雨を吸い、底だけ湿度が上がっている。乾燥剤を足すだけでは、絵の下辺に湿気が残る。

澄花は予備の空調箱へ載せ替え、上下二か所に記録計を置いた。新人の梱包員には「青なら安全、ではなく、どこで測った青かを見る」と伝えた。箱を開けた瞬間、描かれた海の青が作業灯を鈍く返した。絵具の表面には細かな亀裂があり、湿度が急に変わればそこから浮く。澄花は積み替えの間も雨が入らないよう、搬入口のシャッターを半分閉め、記録計の数値を一分ごとに読み上げ、運転手にも上下の差と箱の外気温と雨量も確認してもらった。

出発は三十分遅れたが、到着時の湿度は上下とも四十五パーセントだった。

凛々子は返却された私物袋を抱え、少し困ったように笑った。

「これごと引き継げば早かったのに」

部長も澄花へ、凛々子と同じ顧客を任せると言った。

澄花は担当受諾書より先に、湿度計六台と防水搬入シートの購入申請を出した。承認通知が来るまで、受諾欄は空白のままにした。

十分後、備品予算が付いた。澄花は私物の代わりに届く機材一覧を確認し、そこで初めて担当者名へ自分の名を入力した。