濡れない傘

佐多さんの家へ行く時、私は晴れていても黄色い傘を持つ。

一人暮らしの高齢者を訪ねる若い女は怪しまれるけれど、傘があれば近所の見守りボランティアらしく見えるからだ。

娘の多映さんは、月に二度しか来ない。私は毎朝パンを届け、薬箱を並べ、ガスの元栓を確認した。佐多さんが鍵をなくすので、合鍵も預かった。多映さんには「家族より他人のほうが頼れることもあります」と優しく伝えた。

妙なのは、佐多さんが私を見ると最初に流しを確かめることだった。それから、黄色い傘は一度も濡れていないのに、傘立てへ入れないでと言う。認知症のこだわりだと思った。

水が出しっぱなしの日、私はすぐ地域包括支援センターへ連絡した。薬がなくなった時も、冷蔵庫の扉が開いていた時も記録した。多映さんが母親を放置している証拠になる。私は匿名の地域アカウントへ、荒れた台所の写真を載せた。反応はすぐ集まり、『娘さんは何をしているの』と書かれた。私は多映さんへ画面を見せず、世間は厳しいから今からでも改めればいいと諭した。佐多さんには、娘が来ないなら私が家族になると言った。

多映さんは反省するどころか、室内カメラをつけた。監視は尊厳を傷つけると抗議すると、「母が頼んだんです」と言った。

映像には、私が薬を別の引き出しへ移し、冷蔵庫に布巾を挟み、佐多さんの手から元栓の札を取り上げる姿が映っていた。水道を開いたのも私だった。

私は危険を再現しただけだ。何が起きるか先に示せば、娘も行政も動く。佐多さんを施設へ入れ、家族の無責任から救うためだった。

「施設に入りたいなんて言ってない」

佐多さんは、カメラの前でははっきり話した。私に向かってだけ怯えていたのは、病気ではなかった。

合鍵は返却させられ、ボランティア登録も停止された。多映さんが玄関で私の黄色い傘を差し出した。外は小雨だった。

私は傘を開かずに帰った。

その前に、カメラの死角になった洗面所で、蛇口だけを指一本ぶん開けておいた。