炊飯器の保温を切る

有紗は残ったご飯をすぐ冷凍する。妹の羽澄は、炊飯器の保温ランプがついていると家に誰かいる感じがして好きだと言う。二人の共同生活では、白い湯気にも意味が二つあった。

日曜の夜、羽澄はリビングの床で寝落ちしていた。机には求人票が三枚、履歴書の下書きが一枚。今の仕事を辞めるかどうか、羽澄はずっと迷っている。有紗は早く辞めればいいと思っているが、口にすると喧嘩になる。

「起きて。ご飯、黄色くなる」

「黄色くなっても食べる」

「そういう問題じゃない」

「そういう問題にしてよ。今、人生の話とか無理」

羽澄は顔を腕に埋めた。有紗は炊飯器のふたを開けた。米は少し乾き始めていた。保温を切るだけなら簡単なのに、羽澄の居場所まで消すような気がして、指が止まった。

有紗は現実を片づけるのが得意だ。羽澄は現実に毛布をかけて少し寝かせるのが得意だ。どちらも必要で、どちらも相手を苛立たせる。

やがて羽澄が起き上がり、しゃもじを持った。

「おにぎりにする」

「今?」

「今。明日の朝、考えなくていいように」

有紗はラップを出した。羽澄は塩を取り、二人でご飯を小さく丸めた。求人票の横に、同じ大きさのおにぎりが六つ並ぶ。具は何もない。白いだけで、妙に頼もしかった。

最後の一つを包んだあと、羽澄が炊飯器の保温ボタンに指を置いた。有紗も隣から同じボタンに触れた。二人で押す必要なんてない。けれど、二人は同時に押した。赤いランプが消える。

「明日、面接の電話する」

羽澄が言った。

「辞めるって決めたの?」

「決めてない。電話するだけ」

有紗はそれ以上聞かなかった。冷凍庫におにぎりを並べ、ひとつだけ冷蔵室に残した。朝、どちらが先に起きても食べられるように。

電話番号を書いた付箋は、炊飯器の横に貼った。有紗は目につく場所がいいと思い、羽澄は目につきすぎると逃げたくなると言った。結局、半分だけ炊飯器の陰に隠した。見ようと思えば見える場所。二人の中間は、そのくらいの小さな陰だった。