点字ブロックの雨
四方田直哉警部補は、雨音の中に杖の先を聞いた。
盲目の情報屋・立石菊夫は、繁華街で客引きの声を覚え、顔の代わりに靴音と匂いを売っていた。最後の通報は地下道からだった。録音には雨水の流れる音と、白杖が点字ブロックを叩く硬い響きが残っている。
――俺の名前を組へ渡した奴が来た。見えなくても分かる。
受理員が場所を尋ねると、菊夫は答えず、杖で床を叩いた。三回、間を置いて一回、さらに七回。
――職員番号だ。あいつ、月曜の朝に皆へ訓示してる。鍵が三つ鳴る。
遠くで足音が近づき、金属音が三度鳴った。
――菊夫、電話を切れ。
低い声のあと、通報は途絶えた。翌日から菊夫は行方不明。組織犯罪対策課は「情報料を持ち逃げした」と報告している。
直哉は音響分析室で、月曜朝の署内訓示録音を開いた。副署長が演台へ上がるたび、腰の鍵束が三度鳴る。声紋比較の一致率は八十二パーセント。断定には足りない。だが菊夫が杖で打った三・一・七は、副署長の職員番号末尾と同じだった。
副署長本人が分析室へ入ってきた。
「盲人の連想だ。俺の声などテレビで聞ける」
「菊夫の協力者台帳を閲覧したのは、通報二時間前のあなたです」
「監督上の確認だ。あの男は二重取りをしていた」
直哉は録音の波形を拡大した。低い声の直前、地下道の歩行者信号が鳴っている。その場所の信号は保守中で、警察の携帯送信機を近づけたときだけ試験音が出る。副署長が地域安全課から借りた送信機は、まだ返却されていなかった。貸出台帳の訂正印も副署長のものだった。
「偶然を積み上げて上司を犯人にするのか」
「犯人とは書きません。調べるべき職員と書きます」
「それだけで、お前はこの署にいられなくなる」
直哉は菊夫の杖音をもう一度聞いた。見えない男が、見えない相手を三つの音で指した。その最後の証言を、見える側が消すわけにはいかなかった。
彼は声紋結果、台帳閲覧履歴、送信機貸出台帳を報告書へ添え、副署長の前で提出印を押した。