父が決めた住所
病院の面談室で、志津は母の退院届を確認していた。
〈退院後住所〉の欄には、志津のマンションが書かれている。筆跡は父だった。
「どうして私の住所なの」
父は当然のように言った。「うちは階段がある。お前の部屋はエレベーター付きだろう」
志津の一LDKには、母が泊まる部屋も、介護ベッドを置く場所もない。何より、母本人と一度も話していない。
父は面談前にも、志津の勤務先へ「家族の介護で休ませてほしい」と電話しようとした。志津が止めると、「先に話したほうが親切だ」と言った。親切という名前で、志津の返事より先に道が決められていく。
「会社にも言っておいたほうがいいぞ。しばらく休むって」
父は、志津が子どものころ使っていた呼び方で「しーちゃんは要領がいいから」と笑った。頼られているようで、決定権だけが父にある言葉だった。
志津は看護師へ新しい用紙を頼み、父の前で住所欄を二本線で消した。
「私の家には退院しません」
父の顔色が変わる。「じゃあ母さんをどこへやるんだ」
ベッドの母が、小さく「家に帰りたい」と言った。
志津は母のそばへ椅子を寄せた。「実家へ帰りたい? 短期入所を挟んでからでもいい?」
母は少し考え、「お父さんと二人だけは不安」と答えた。
初めて、母の希望が父の声の外へ出た。
相談員を交え、手すりの設置、訪問看護、短期入所を組み合わせる話になった。父は費用を心配し、志津は見積もりを頼んだ。週末の買い物は志津、平日の服薬確認は訪問看護へ分ける。
新しい用紙の住所欄には実家の住所が入り、備考に〈サービス開始後に退院〉と書かれた。
父が低い声で「しーちゃん、それで本当に回るのか」と聞く。
「志津って呼んで。回らないときは、私を入れるんじゃなくて計画を変える」
父は返事をしなかった。けれど、用紙を奪い返すこともしなかった。
志津は自分の住所が消えた線を指でなぞった。母を拒んだ線ではない。勝手に決められた同居先を消し、母自身の希望を書くために引いた線だった。