父の薬と二十二時バス
葉澄が故郷へ戻るバスは、二十二時ちょうどに出る。
父が倒れ、退院後しばらく一人にできなくなった。母は早くに亡くなり、近所に頼れる親戚もいない。電話では元気だと言い張る父が、薬の袋を開けるだけで息を切らすのを見て、葉澄は戻ると決めた。東京の部屋は解約し、仕事は在宅へ切り替えた。秋哉には荷造りを手伝ってもらったが、来てほしいとは言えなかった。介護の生活へ好きな人を巻き込むのは、愛情ではなく要求に思えたからだ。週末を奪い、愚痴を聞かせ、そのうえ寂しいと言う自分を想像すると、連絡さえ減らした方が彼のためだと思えた。
《見送りはいい。帰ったら連絡して》
二十一時四十分に送ったのに、既読はつかない。発車五分前、葉澄が荷物を積み込むと、秋哉が息を切らして現れた。
「来なくていいって言ったのに」
「間に合った」
「仕事は?」
「抜けてきた。連絡くらい見て」
「来なくていい」
バス乗り場の柵と車体の間は狭く、発車まで三分。二人とも立ったまま逃げられない。
「俺は、ついて行くって言ってない」
「でも、言いそうだから」
「葉澄が困る日に行く。困らない日は東京にいる。それじゃ駄目?」
「往復だけで半日だよ」
「何日なら行っていいか、葉澄が決めて」
父の薬袋が鞄の口から覗いていた。朝・昼・夕と色分けされた小袋が、これからの日々の時刻表のように並んでいる。葉澄は、それを見るたび未来が小さくなる気がしていた。けれど秋哉は、未来を奪うとも救うとも言わず、予定を聞いているだけだった。
エンジンが低く唸り、運転手が乗車を促す。秋哉の肩には、葉澄が忘れた梱包用テープがまだ貼りついていた。
葉澄は三度目の言葉を言い直した。
「来なくていい、じゃなくて。来てほしい日を、私から連絡する」
秋哉が頷いた。
葉澄はバスへ乗り、窓際でスマートフォンを開く。共有していた旅行用カレンダーの名前を《東京―実家》へ変え、父の通院日ではなく、秋哉に会いたい日に印をつけた。最初の一日を送信してから、発車するバスの窓を開けた。