父親は十八歳を知らない
小田切碧真は毎朝、妹・凛緒の通学許可を父に申請する。三年前に死んだ父・玄二が画面で制服を確認し、「行ってよし」と答えると玄関が開く。
父が保護者だった時に未成年の子を残した場合、デジタル人格は成人の日まで親権を持つ。知らない大人へ権限を移すより安全だと、役所は説明した。
碧真には便利だった。夜遊びを止める時も、進路面談も、父の声なら凛緒は素直に聞いた。
高校最後の日、凛緒に海外の音楽学校から合格通知が来た。全額奨学金。出発は翌朝で、渡航同意の期限は午後六時だった。
碧真が申請を送ると、父は即座に拒否した。
『中学生を一人で外国へ出せない』
「凛緒は明日で十八だ」
『登録上、十四歳だ』
父の学習は死亡日に止まっている。日付は進んでも、娘の年齢だけが更新されていなかった。毎朝、弁当の忘れ物まで気にするのに、彼女が三年分成長したことだけは見ようとしない。凛緒の旅券は、同意待ちの灰色のまま机にあった。
凛緒がカメラへ顔を寄せる。
「お父さん、私、コンクールで一位になった。先生にも認めてもらった」
『ピアノは趣味にしなさい。安定した仕事を選べ』
生前、一度も聞かなかった言葉だった。父は凛緒の演奏が誰より好きだったが、人格には家計簿と学校連絡の記録が多く、慎重な保護者として再現されていた。
碧真は親権停止を申請した。
《対象保護者による同意が必要です》
『拒否する。お前は昔から妹に甘い』
時計が午後六時になる。
《渡航同意を確認できませんでした》
《奨学資格を辞退します》
凛緒は何も言わず、荷造りしたスーツケースを開いた。楽譜を一冊ずつ机へ戻す。
深夜零時、誕生日通知が鳴った。
《小田切凛緒さんが成人しました》
《親権を終了します》
玄二の画面から保護者の印が消える。
『十八歳か。早いな』
父は初めて、今の凛緒の写真を見て微笑んだ。
その時、奨学金の飛行機はもう離陸していた。
凛緒は画面を伏せた。
父の親権は一分遅く終わり、娘の未来は一日早く締め切られていた。