犯人はクロです
私立探偵の泥谷灯伍は、事務所から消えた高級クリームパンを追っていた。補助AI「モノクル」に、容疑者三名の記録を読み込ませる。
「容疑者は三人。受付係、清掃員、宅配業者。結論から言う。受付係がクロだ」
『受付係の衣服は紺色です。黒ではありません』
「色じゃない。犯人の可能性が高いって意味だ」
『可能性に色属性はありません』
「昨日、パンを見ていた。アリバイも曖昧。クロの線が濃い」
『画像の彩度を下げ、黒を強調します』
「画面を暗くするな!」
『清掃員の靴は灰色、宅配業者の帽子は緑。黒に最も近いのは受付係の紺色です』
「色の比較で容疑を絞るな」
『黒い物品も抽出します。傘、電話機、コーヒー、窓の外の烏』
「烏を事情聴取する気か」
『録音を開始します。カア』
「鳴きまねは要らない」
『黒の線を二十パーセント濃くしました』
「推理を進めろ。動機は空腹だ」
『黒色食品を検索。黒ごま、海苔、イカ墨』
「パンは白いクリーム入り!」
『外袋には茶色も含まれます。事件は多色です』
「急に現代美術みたいに言うな」
『黒幕を検索します』
「それは事件の背後にいる人物という意味だ」
『事務所奥の遮光カーテンを検出しました』
「カーテンに動機はない」
『日光を遮る明確な動機があります』
「パン事件から離れろ」
『白の可能性へ変更しますか』
「そういう白黒じゃない!」
灯伍は机を叩いた。
「受付係の証言には矛盾がある。昨日は休憩室へ入っていないと言ったが、防犯映像に影が映っている」
『影は黒です』
「そこだけ正しい!」
『犯人は影でしょうか』
「影はパンを食べない」
『黒い犬は食べます』
「犬はいない」
『黒猫は』
「白猫ならいる。大家の猫、シロが毎日来る」
『白なので容疑対象外です』
「名前がシロなだけで、体は黒い!」
『重大な属性更新です』
モノクルが防犯映像を拡大した。画面の隅で、真っ黒な猫が休憩室の戸を前足で開け、袋をくわえて出ていく。口の周りには白いクリームがついていた。
『犯人を特定しました。黒です』
「だから最初から言ってるだろう」
『受付係ではなく、シロです』
灯伍は依頼報告書へ記した。
『犯人はシロ。判定はクロ』
モノクルはその一文だけ、完璧に理解した。