献立の空白

羽鳥乃亜の冷蔵庫には、曜日ごとの献立表が貼ってあった。

月曜は鯖の味噌煮、小松菜の胡麻和え、豆腐の吸い物。火曜は鶏むね肉の香草焼き、紫キャベツのマリネ、根菜スープ。栄養素と彩りが重ならないよう、日曜の夜に一週間分を組む。買い物リストも、野菜売り場を一周で回れる順番に並べていた。

火曜の帰宅は二十二時を過ぎた。

電車の遅延と急な修正作業で、肩が石のように重い。けれど献立表の火曜欄は消えない。冷蔵庫には下味をつけた鶏肉があり、今日焼かなければ予定がずれる。

乃亜はエプロンをつけ、フライパンを出した。紫キャベツを切るために包丁を握る。まな板の上で、刃先が止まった。

昼は菓子パン一つだった。空腹なのに、料理を始めると食べられるのは一時間後になる。手順を減らせばいい。でも副菜を抜けば色が足りず、スープをやめれば野菜の量が足りない。乃亜にとって献立は、守るか壊すかの二つしかなかった。

冷凍庫を開けると、食パンが二枚残っていた。棚には缶のコーンスープがある。

それを夕食にする考えは、すぐ「だめ」と判定された。二十代なのだから体を整えなければ。自炊もできない生活は乱れている。明日の自分が困る。

乃亜は包丁を置いた。

献立表から火曜の付箋を剥がす。いつもなら水曜へ貼り替え、全体を組み直す。今日は貼り替えず、付箋を二つ折りにしてごみ箱へ入れた。火曜の欄が白く残った。

食パンを焼き、スープを温める。皿は一枚だけ。バターも塗らなかった。テーブルに並べると、茶色と黄色しかない。

乃亜は写真を撮らず、栄養計算のアプリも開かなかった。

熱いスープを飲むと、舌の先が少し痺れた。トーストの端は焦げ、片側だけ黒い。それでも十分後には空腹が薄くなった。

鶏肉は冷凍する。紫キャベツは明日考える。乃亜はそう決めたが、献立表には何も書き足さなかった。

寝る前、冷蔵庫の白い火曜欄が目に入った。空白は失敗の穴ではなく、ただ、今日作らなかった夕食の形をしていた。