王様のいない写真

写真部の展示室には、王様の写真が一枚もなかった。

二年三組の企画は中世風の仮装喫茶で、井草文哉は金色の王冠と赤いマントを着せられていた。客と記念写真を撮り、廊下で呼び込みをし、子どもには剣を貸す。写真だけなら百枚以上撮られた。

けれど文哉自身のカメラには、誰かの姿しか入っていない。

料理を運ぶ騎士。会計を間違える魔法使い。階段で裾を踏む姫。文哉は王様の格好のまま、一日中ファインダーを覗いていた。

「井草も撮ろうよ」

クラスメートが何度も言った。

「あとで」

「いつ?」

「客が減ったら」

「王様、逃げてる?」

「撮る側が足りない」

夕方になっても客は減らず、閉場のチャイムが鳴った。

机を戻し、段ボールの城壁を解体する。王冠は汗で内側が湿っていた。文哉は最後まで脱がず、片づけるみんなを撮った。

展示用のプリンターから、写真が一枚ずつ出てくる。

「集合写真、忘れた」と誰かが言った。

もう衣装を脱いだ人もいる。帰った人もいる。城壁は半分なくなっている。

文哉は「別にいい」と答えた。

そのとき、会計係の諸星杷奈が使い捨てカメラを持ってきた。

「これ、最後の一枚」

「現像しないと見られないじゃん」

「だから撮れる」

「意味わからない」

「井草、真ん中」

杷奈は文哉からデジタルカメラを取り上げた。

残っていた十人が、壊れかけた城壁の前へ集まる。文哉は王冠を直し、いつものように端へ立とうとしたが、全員に中央へ押された。

「王様なんだから」

「設定、もう終わった」

「写真の中では終わらない」

シャッターが切られた。

画面がないから、誰が目を閉じたかも、ぶれたかもわからない。文哉にはそれが妙に安心だった。

一週間後、現像された写真はひどかった。

杷奈の指がレンズへ少しかかり、城壁は傾き、文哉の王冠はずれている。誰かが笑い出す直前で、全員の顔が整っていない。

「撮り直せないね」と杷奈が言った。

「文化祭も」

「それ、王様っぽい」

「どこが」

写真部の展示には出さなかった。

文哉はその一枚だけを机の引き出しへ入れた。上手に撮った何百枚より、撮った瞬間を自分の目で見られなかった写真のほうが、あの日の音や匂いまで残していた。

王様が一度だけ、撮る側からいなくなった瞬間だった。