珊瑚宮の真珠核
沈んだ王宮を調査していた潜水技師イオナは、玉座の下で人造海兵を見つけた。
青い鱗を持つ青年ネレドは、三十年間、誰もいない宮殿を守り続けていた。潮の満ち引きだけを暦にし、更新されない命令のため槍を握り続けていたのだ。胸のくぼみには黒真珠が嵌まり、その表面に亡国王の所有紋が光っている。
「王はもういない」
水中筆談板へ書いて見せても、ネレドは槍を構えた。
《王命存続。侵入者を排除する》
イオナの助手は、回収用の白真珠を差し出した。
《黒真珠をこれへ交換すれば、こちらの命令を聞く。遺跡守として高く売れるぞ》
イオナは白真珠を海底へ捨てた。
代わりに工具を取り出し、ネレドの胸へ近づく。槍先が潜水面の寸前で止まった。青年は排除命令に逆らえず震えているが、三十年ぶりの来訪者を刺したくもないらしい。
イオナは黒真珠の留め具を外した。
《抜けば私は停止する》
《そう書いたのは王。あなたを造った技師の刻印は、殻の内側にある》
彼女は真珠へ小型鑿を当てた。所有紋だけを別の名へ彫り直すこともできる。だが、真珠を二つに割った。
黒い殻の中から、無色の小さな核が現れる。そこには一文だけ刻まれていた。
《自律心炉。命令核を必要とせず》
ネレドの胸から王の紋が消えた。
彼は槍を下ろし、初めて玉座へ背を向けた。崩れた天井から差す光を見上げ、そのまま海面へ泳ぎ去る。
助手が肩を落とした。
《貴重な兵器を逃がした》
《兵器じゃない。三十年遅れの退役よ》
調査を終えて浮上すると、嵐で作業船の錨が珊瑚へ絡んでいた。船体が岩礁へ引かれる。
海中から槍が閃き、鎖だけを正確に断った。ネレドが波を割って現れ、船を安全な水路へ押し出す。
甲板へ上がった彼は、三叉槍を横向きにしてイオナへ差し出した。
「王を失っても、守ることしか知りません」
「それをやめてもいい」
「知っています。だから、あなたの航海を守りたい」
イオナが槍を受け取ると、ネレドは空になった胸のくぼみへ、海辺で拾った白い珊瑚を自分の手で嵌めた。