現在の持ち主
椿森レイナは地図師クヴァルに追われながら、銀の方位盤をわざと落とした。
《帰巣盤》
現在の持ち主が「最も守りたい拠点」の方向を指します。
所有者が変わるたび、目的地を再計算します。
「間抜けめ」
クヴァルが拾う。彼は味方のふりをして攻略隊の拠点を敵へ売っていた密偵だ。レイナは証拠を掴めず、逆に地図を盗んだ犯人として追われていた。
方位盤の針は、それまで東の味方拠点を指していた。
クヴァルの手に渡った瞬間、針が北西へ回る。
彼は慌てて盤を伏せる。
「壊れている」
「じゃあ返して」
クヴァルは渡さない。帰巣盤が希少品だからではない。北西の方角を仲間に見られたくないのだ。
レイナは逃げるふりをし、森の分岐で立ち止まる。
「私なら東へ帰る。あなたは?」
クヴァルは無言で北西を背にする。だが方位盤の針は手の中で光り、周囲の地図へ目的線を投影した。
攻略隊が追いつく。線の先には、敵軍の隠し砦がある。
クヴァルは盤を地面へ捨てる。所有権は拾った彼に残るため、針は北西を指したまま。
「最も守りたい場所が敵砦だから、密偵だというのか。そこに家族を捕らわれているかもしれない」
レイナは一瞬黙る。
方位盤の説明は裏切りの理由までは示さない。守りたいものが何かも分からない。
クヴァルは抵抗をやめた。砦には実際、弟が人質にされているという。
レイナは彼を処刑せず、方位盤を持たせたまま救出隊の先頭へ立たせる。
《帰巣盤の目的地を更新:敵軍北西砦》
《現在の持ち主:クヴァル》
北西砦へ着くと、方位盤の針は牢の一室を指した。そこにクヴァルの弟がいた。
救出後、針は東へ回る。今度は攻略隊の拠点だ。
クヴァルは裏切りが消えたわけではない。敵へ渡した地図で死者も出ている。彼は弟を助けた後、自分から監査へ出頭した。
レイナは方位盤を証拠にしない。盤が示せるのは守りたい場所だけで、何を犠牲にしたかまでは人間が語らなければならなかった。
《密偵判定を保留――盤が示したのは所属先ではなく、裏切ってでも守ろうとした場所です》