生活費の三行目
土岐まどかのもとへ、恭介から共有ファイルの招待が届いた。
題名は「同棲後の生活費」。
一行目、家賃。二行目、光熱費。三行目、共同貯金。すべて半分ずつと入力されていた。
恭介は数字に強く、先のことを考えるのが得意だ。まどかが同棲の返事を迷っているあいだに、候補物件の初期費用も、家具を買い替える月も計算してくれた。
ありがたいと思う。それなのに三行目を見るたび、胸の奥がざらついた。
まどかの収入は恭介より少ない。半分ずつでも生活できないわけではない。ただ、毎月同じ額を共同口座へ入れれば、まどかだけが服や本を諦めることになる。さらに共同貯金の用途には、「将来のため」としか書かれていなかった。
二十九歳で、お金の話を細かくするのは打算的だろうか。好きなら同じ財布へ近づけるべきだという声が、どこからか聞こえる。
机には二枚のカードがあった。自分の古いキャッシュカードと、恭介が作ろうと言った共同口座の申込案内。後者はまだ真っ白だった。
まどかは共有ファイルを開き、三行目を削除した。代わりに書く。
〈共有費は手取りの比率で負担。個人の貯金額と使い道は互いに管理しない。共同貯金は目的を決めてから〉
指が止まった。これを送れば、「そこまで警戒するなら住まなくていい」と言われるかもしれない。恭介が求める公平と、まどかが求める公平は違う。
それでも、入居後に黙って苦しくなるより、今ここで嫌われるほうを選びたかった。
〈この条件なら一緒に住みたい。合わないなら、同棲はやめよう〉
コメントを添えて更新通知を送る。
通話の前に、まどかは自分の通帳を開いた。美容院、展覧会、友人との夕食。なくても生きられる支出ばかりだったが、なくせば恭介と暮らすためだけの自分になる気がした。共同生活は数字を透明にすることではなく、見せない数字を持つ権利まで相談することだと、ようやく言葉にできた。
数分後、恭介から〈電話していい?〉と来た。まどかは深呼吸し、通話ボタンを押した。承諾でも拒否でもない三行目を、自分の声で引き受けるために。