留守番電話のあとで

披露宴の最中、弥都のスマートフォンに父から留守番電話が入った。

父はメッセージを残さない人だった。着信に気づいても、弥都はすぐには再生できなかった。高校時代の友人・環季のスピーチを聞きながら、テーブルの下で画面を伏せた。

式は故郷の小さなホテルで開かれていた。弥都がこの町へ戻ったのは二年ぶりだ。駅前の薬局も、通学路のパン屋も閉まり、父の時計店だけが古い看板を下げたまま残っていた。

デザートの前、廊下へ出て音声を再生する。

『店、年内で閉めるつもりだったが、お前が戻るなら残す。急で悪い。今日、みんな帰ってきてるから、考えるかと思って』

二十八秒で終わった。

弥都は東京で時計の修理をしている。父に反発して家を出たのに、選んだ仕事は同じだった。最近、父の指が震えると叔母から聞いていた。店を継げば、技術も看板も残せる。家賃も要らない。環季のように地元で暮らせば、失った時間を埋められる気がした。

会場から拍手が聞こえた。扉の隙間に、環季と新郎が並ぶ姿が見える。

弥都は父へ電話した。

「留守電、聞いた」

『そうか』

「店は閉めて」

沈黙のあと、父が小さく息を吸った。

『一度も見ずに決めるのか』

「見たら、継ぐって言うと思うから」

本当だった。油の匂いが染みた作業台も、壁一面の小引き出しも見れば、父の人生を捨てさせるようで断れなくなる。

『お前には簡単なんだな』

その言葉は痛かった。弥都は「違う」と言いかけて、飲み込んだ。簡単ではないことを説明して、父に慰めてもらう資格はない。

「うん。私が決めた。閉店の片づけは手伝う」

電話を切ると、環季からメッセージが届いた。

〈集合写真撮るよ。どこ?〉

弥都は〈今戻る〉と返した。鏡の中の顔は、泣いてはいなかった。

会場へ戻り、花嫁の隣へ立つ。故郷に残らないと決めても、故郷が消えるわけではない。消えていく店を、自分が救わなかったという形で残る。

シャッターが切られる直前、弥都は目を閉じなかった。