発車ベルのあとで

「返事は、電車に乗ってからでいい」

若槻蒼衣は、深町遥人へそう言った。

終電まであと五分。会社の同期として六年過ごし、今夜、蒼衣は初めて「好き」と口にした。遥人は来月から海外の大学院へ行く。二年間、帰国の予定はない。

引き止めたいわけではない。答えを聞いて泣けば、彼の出発を重くする。だから返事は列車の中で、ドアの向こうで聞こえないようにしてほしかった。

「メッセージでもいいから」

「蒼衣」

「今は言わないで」

ホームへ終電が入る。遥人は何か言いかけたまま乗り込んだ。蒼衣は笑って手を振る。これでいい。自分で決めた別れ方だ。

ドアが閉まる直前、遥人が車内から飛び出した。

駅員の笛が鳴り、終電は彼を置いて走り去る。蒼衣が驚いている間に、遥人は彼女の手を取り、自分のスマホを重ねた。

画面には、出発前の日曜日から二年先まで、毎月第一土曜の予定が並んでいた。《蒼衣と通話》。夏休みには帰国便、冬には蒼衣が訪ねるための候補日まで入っている。

「乗ってから返事をしたら、蒼衣は一人で帰るだろ」

「終電、なくなったよ」

「タクシーで送る。出発の日も空港まで来て。次に会う日を、その場で決めたい」

遥人は告白を言い直さなかった。代わりに蒼衣の手を自分のコートのポケットへ入れ、配車アプリを開く。行き先を二つ登録し、最初を蒼衣の家にした。

蒼衣は予定への招待をすべて承諾し、連絡先の《深町》《遥人》へ変えた。

タクシーが来るまで、遥人は出発便の時刻と寮の住所を蒼衣へ送った。蒼衣も休暇申請の候補日を開き、最初に会いに行ける週へ印をつける。二年という長さは変わらない。それでも空白だった時間に日付が入るたび、別れは待ち合わせへ形を変えた。

蒼衣は泣きそうになるたび、つながった手の力を確かめた。今夜の別れだけを見なくてよかった。

蒼衣は、今度こそ笑えた。

「返事は、電車に乗ってからでいい」

そう頼んだのに、彼は電車から降りた。

その行動が、どんな言葉より長い返事になった。